キリスト教が日本で受け入れられなかった理由

 

日本におけるキリスト教は人口の約1%(約100万人))、近隣のアジア諸国(韓国30%、中国10%)などに比べてとても少ない割合です。キリスト教が伝来した16世紀にはキリスト教徒が30万人ほどに増えたこともありましたが、時の政府(豊臣秀吉や徳川幕府)により禁止され、明治以降に解禁されアメリカ、ヨーロッパから社会的、文化的に大きな影響を受ける時代になっても,それほど増加していません。

 

それには大きく分けて2つ理由があると考えます。

 

ひとつはキリスト教が伝来したときの歴史的状況、もうひとつは日本人独自の価値観によるものです。

まず16世紀にキリスト教が伝来した時、最初に改宗した人々は大名でした。キリシタン大名の中にイエズス会に土地を寄進する者(大森純忠)などもあらわれ、キリスト教の影響が大きくなると時の為政者は危機感を抱きます。そもそも公地公民(すべての土地は天皇のもの)の考えにも、士農工商という身分制度にも、日本は天照大神が作った神の国という日本の成り立ちにも、キリストが唯一の神であり、神のもとにすべての人間が平等であるというキリスト教と矛盾します。宣教師を通した植民地化の危機を感じた秀吉はバテレン追放令を、家康・秀忠・家光の時代には完全に禁止となりました。

 

また明治以降に禁教が解かれてからも、日本人独自の価値観(世間体という言葉に体現される恥の文化、共同体の意思を重んじる全体主義)に個人と神の契約で成立するキリスト教はなかなか受け入れませんでした。また外から取り入れたものを都合よくアレンジして独自の文化を築いてきた日本では、神道と仏教の融合もごく自然に行われてきたので、唯一神はそぐわなかったという事情もあるかもしれません。キリスト教でなくてもクリスマスや教会での結婚式など自分たちに都合のいい部分だけを取り入れていれる、よく言えば柔軟な日本の民族性に厳しい唯一神は合わないのでしょう。