自分は幼い時何になりたかったのだろうか?
1日/夢の話を聞いた時
思い出せなかった。。。
でも今思えば
プロボクサーだった。
何故か?
ただの憧れで
小学生当時、アニメのがんばれ元気やあしたのジョーの影響かな?
強くなりたい!そんな願望だったのかな?
それとも苦しくても立ち向かっていく姿がかっこいいと感じた憧れだったのかな?
でも今は全く違う職業。。。
幼い頃の夢と今の職業の共通点は?
輝き?達成感?
忘れてた…
大切なことを忘れてた…
打たれても打たれても立ち上がり相手に向かう、その姿勢は輝き。それに憧れていたのだろう。。。
数年前のあの頃は、輝いていた。
作品を描き、作品を造りあげる姿勢は輝いていた。
達成感。相手をリングに沈めた時の達成感。
どんなに辛い事があっても自分の描いたものを造り上げた時のやり遂げた時の達成感。

いつしか忘れていた夢。

輝きすら失いかけていた自分。
求めるものは、何も変わっていない自分がいた。

やり遂げた時の感動、輝きをもう一度思い出す時が今だったんだ。
夢は職業ではなく、中身なんだ!そんな気がした。
昨日の自分は輝いていただろうか?
今から
今日から1日/夢を実感しながら生きていきたい。
輝きは、自分のすべてなんだ。
気付けた自分にありがとう。
いつまでも輝きつづけたい…
自分にエールを贈るよ!
今日は、3月14日
母の命日。
五年前に 母は、この世を去りました。
忘れもしない、ホワイトデー
家内にバレンタインのお返しと兼ねて子供達の大好きなケーキを
買って帰りました。
「ごはん、ちゃんと食べてから、ケーキ食べようね!」
子供達は、早くケーキを食べたいが為に、いつもより聞き分けがよく、急いで食べている姿を見て、家族みんなが笑顔でした。
わいわい、食事をしてるなか、
一本の電話が入り、
弟からでした。

「おかんが、死んだ!」

「もうええって!しょうもないこと言うな!」

「ほんまやって!今から迎えに行くし、一緒にいこう!」

何も言えなかった。
言葉が出なかった。
いろんな事を考え、
怖くなった。
嘘であってほしい…
いろんな事を想像するが
母の死に顔だけが想像できなかった…
母の居場所に 弟と二人で向かってる途中、
二人で何の会話をしたのか、全く覚えていない。
母の住んでるマンションに着き、
パトカーのカンテラが
目につき、聞こえるのは、無線の声…
体が震えた。
怖かった。
母に会うのが怖かった。
警察官が
「息子さんですか?確認お願いします」
部屋に入り、
母は、ベッドで寝ていた。
肌は、冷たく
首の回りは、赤紫になっている。
その姿を見た瞬間、涙が溢れ、
「おかん!ごめん!うそやろ!起きて!お願いやから起きて!頼むし起きて!」
何度揺さぶっても、どんなに叫んでも
表情は、変わらなかった。

母は、首吊り自殺だった。
今まで、何度も自殺未遂をしたことがあった。
薬を大量に飲んだり
リストカットしたり
何度も、止めた。泣きながら止めた。
今から死ぬ!と言われるたんび
怖くなり何度も止めた。
でも、母はずっと一人ぼっちだった。
死なせてあげたほうがいいのかな?
死んでくれたほうが解放されるのかな?
いつのまにか そう思うようになっていた。
母が亡くなる2、3日前にも死を仄めかす電話があった。
またかぁ。
いつの間にか、慣れてしまっていた。
「死ぬんやったから、勝手に死ね!ほんまに死ぬ奴は、黙って死ぬわ!忙しいし、切んど!」
キレた口調で言った言葉が
親子、最後の言葉だった。
後悔した。なんで優しくしてあげらなかったんだろう?
自分を責めて、責めて責めまくった。
弟に何度も謝った。
何度も何度も…
弟は
「兄ちゃんのせいじゃない!おかんは、病気やったんや!どのみち、自ら死を選んでたんや!だから兄ちゃんのせいじゃない!」
そう言ってくれていても
自分の中では
「おれが、おかんを殺した!」
そうとしか、思えなかった。
それから母親に対する執着心が強くなった。
今まで、母は、一人ぼっちだった。
最後ぐらい、盛大にしてあげたい。
親戚からは、どうしようもない息子と言われ、親が親なら子も子や!って言われ続け、
おかんの息子は、立派や!って思わせてあげたかった。

叔母からは、自殺したことは、
誰にも言うな!
お母さんの値打ちが下がるから…
って言われてた。

言っちゃいけないんだ…

言ったら 可哀相なんだ…
自分に、言い聞かせ

自分の心に秘めた。

親友にさえ 言わなかった。
言うと、母の値打ちが下がるから…

日に日に苦しくなっている自分がいた。

楽しかった思い出も悲しかった思い出も
話すことが出来ない。
胸の奥へ奥へとしまい込んだ。

葬儀を終え、親戚の人達は、
「こうちゃん立派やった!お母さん、喜んでると思うよ」
自分の中で、少し安心できるものがあった。
自分の所が何の宗派も知らなかった。
叔母に聞き、初めて知った。
浄土真宗。
うちと弟家族で集まり、
なんてお経を詠めばいいのか、わからず
みんなで「南無阿弥陀仏」を言い続け
初七日を迎えた。
弟がお経のテープが売ってるはず、
といい
仏壇屋に買いに行った。

毎日、毎日お経のテープを流しながら 一緒にお経を詠んでいた。
四十九日まで毎日お経を詠み、月命日には、弟家族と一緒に手を合わせていた。
一回忌の時、親戚の人達を招いた。
弟は、自分たちだけでなく、きちんとお坊さんに来てもらおうって言っていたけど、
自分たちが手を合わせることが大事なんだ!
俺が供養する!といって聞かなかった。
お坊さんですら、信用できない気持ちがあった。

でも弟が
一回忌の日ぐらいは
お寺にお願いしよう。
親戚にもきてもらうということで、弟の知り合いに紹介してもらい、
お願いすることになった。弟の母親でもあるから…
お坊さんよりも大きな声でお経を詠みあげた。
親戚の人達は、驚いていた。
「こうちゃん、すごいなぁ」
また安心できた。
心の中で
おかん、良かったなぁ!
みんな、おかんの息子は、立派って思ってるよ!

そう思っていた。
そうする事が親孝行だと…償っているという気持ちになっていた。

それからもずっと
月命日には、手を合わせていた。
自分が遅く帰ってきても
子供が眠くても
無理矢理、一緒にお経を詠ませていた。
家族と一緒じゃないと意味がない。
子供が文句を言うと、怒鳴り散らしていた。
叩いた事もあった。
家内は、子供をかばう。
それに対しても、腹が立ち 夫婦ゲンカにもなっていた。

一番、可哀相なのは 母親だったんだ!

今ではお経を詠んであげることしかできない。
独りで寂しく死んで逝ったんだ。

その気持ちが強かった。

家内が、悩んだりしてても おかんに比べたらマシ!家内には、友達もいるし、子供もいるし、親もいる。
おかんに比べたら、そんな悩み、大したことはない。おかんは、歯を食いしばってでも俺達を育ててくれた。それに比べたら…
全て母を基準にしていた。
家内は、本当に辛かったと思う。
信じている人に、見離された気持ちでいっぱいだったと思う。

それから、夫婦の中がギクシャクし
会話が減った。

日に日に母に対する思いが強くなった。
日に日に、家内に対する言葉が強くなった。

いつの間にか、母の事を美化するようになっていた。
理想のお母さん。
優しいお母さん。

でも親孝行できなかった。
後悔から、家族には強制的に、母の事を大切に思え!という気持ちになっていた。

家内は、どんなに酷い仕打ちうけても
自分を理解しようとしてくれた。
いろんな本を読み、いろんな所に相談しにいき
夫を救いたい。理解してあげたい。立ち直らせてあげたい。
一生懸命に真剣に自分の事を考えてくれた。

心配して言ってくれているにも関わらず
家内が助言しようとすると
自分は、家内に攻撃するようになった。

家内の心は、攻撃されればされるほど
日に日に心を閉ざしていった。

家内との会話が減り、子供との会話が減り
従業員との会話も減り
誰かが自分の悪口を言っている。
深く深く思考に嵌まっていく自分になっていた。

死にたい。
いつからか、自分も死にたいと思うようになった。
家内に死を仄めかすメッセージを送ったこともあり、首を吊ろうとしたこともあったり、
包丁で切腹しようとしたこともあり
家内、家族を深い闇に連れていってしまった。
自分が母親に苦しめられてきたことを
全く同じ思いを家内や子供たちにしてきてしまった。
死ぬ勇気もないくせに
怖いくせに…
家内たちの気を向かすために…

自分は、本当に病んでいた。

家庭というものがつまんなかった。
自分は、幸せになってはいけないんだ。
親を死なせておきながら
幸せになっては、いけないんだ。
一生償って生きていかなきゃいけないんだ。

ずっと思っていた。

自分は、独りが嫌な為に女に走った。
ばれてもいい。
どうせ、自分は家内から愛されていないんだから…
会社も潰れてもいい。

自分が死ねば、保険金が入る。
それで全て精算できる。
そんな、気持ちしかなかった。
そんな自分に家内は疲れきっていた。
家内は、どんなことがあっても子供を守らなければいけない!一人でも育てなければいけない。

夫は、もう頼りにできない。

自分は本当に一人ぼっちになってしまった。
生きている意味がない。
そんなことしか考えられなかった…

家内から離婚してほしい…
絶滅的だった。

「離婚するなら俺は、死ぬ!俺が死んだら呪い殺してやる!」

家内は、自分に恐怖を覚え、子供を連れてでていった。

一晩、子供達と車で過ごし実家に帰った。

自分は、もう生きている意味がない。
死のう。

何度も考えた。

やっぱり、もう一度家族として戻りたい。

でも家内達は帰ってこない。

実家からの子供の送り向かいに疲れ、子供もストレスが溜まってきてるから、出ていってほしいと言われた。
仕方ないと思いでていった。
自分は、あの時 鬱状態になっていた。
ストーカーみたいにもなっていた。
今、客観的に見ると 恐ろしい男だった。
別居してから
今度こそ、本当に死のう。また
家内に死を仄めかすメールを送った。

さようなら。

携帯に残っていた子供の写真を眺め

涙が溢れた。

ごめんな。こんなパパでごめんな。
何も罪もないのに、ここまで辛い思いさせてごめんな…

そこで電話がなった。

弟からだった。

でも出なかった。

無視しても何度も何度も電話がなった。
渋々電話に出た。
「あほなこと!すんな!おかんと同じことすんな!」
「もう、ほっといてくれ!」
と電話を切った。

我に返った。
おかんと同じこと…

あの時は、自分も苦しかった。
本当に辛かった。

自分が死ねば、子供達は一生苦しんでしまう。
意味もわからず自分を責めてしまう。
これ以上、家内を苦しめる訳にはいかない。
生きよう!どんな事があっても生きよう!
辛い思いをするのは、自分だけでいい。
子供の為にも生きよう!
そう気付けました。


弟にお願いし、家にある、母の荷物を持ってきてもらった。
執着心を捨てよう。
荷物を倉庫で燃やした。
遺書も読み返した。

おかんの気持ちがすごく理解できた。
一人ぼっちは、つらすぎるね!
でも、俺は子供達の為にも生きなきゃいけない。
もうこれ以上家内を苦しめる訳にはいかない。

遺書も燃やした。

それから、毎週カウンセリングに通った。

サイトでいろいろ探した。
生まれ変わりたい!

自分が変わって また家族として戻りたい。

夫婦として戻りたい。

そんな気持ちが強くなった。
10万円のカウンセリングにもいった。
それは、それですごく良かった。
自分に、仲間がいることに
気付いた。
ひとりじゃないんだ…
なおちゃんやりえちゃんのおかげで
天外哲学に出会えた。
生きていてよかった。
本当に生きていてよかった。
自分は、幸せになってもいいんだって感じることが出来るようになれた。
でも家内は、今でも苦しんでいる。何も悪いこともしていないのに、ずっと苦しんでいる。
おかんはおかん。
恨んでも憎んでもいない。
俺を産んでくれてありがとう。
今では感謝してるよ!


天外哲学を学べば学ぶほど
家内の気持ちが理解でき
苦しくなってくる。
罪のない人をたくさん苦しめてきた。
申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまう。
もう、これ以上苦しめることはない。
例え別れたとしても
愛してあげたい。
いつか、普通に話せる日がきてほしい
過去も現在も自分は自分。傷を付けたことには違いない。
俺は、ありのままの家内を受け入れる。
ありのままの子供達を受け入れる。
例え手遅れだってもいい。
いろんな事に気付けたんだから
幸せは、必ず訪れる。

思考は、全て手放す

ありのままの自分が
今、ここに居て
今、ここが最善。

自分が、幸せと感じなければ、幸せに出来ないと思うように、なってきた。自分だけが幸せって思うだけじゃなく、みんなに幸せになってほしいと思うようになってきた。
なおちゃん、りえちゃん
本当にありがとう。
これからも心友でいたいです。
感謝してます。
おかん!俺は今 本当に幸せだよ!
産んでくれてありがとう。
あいつの事、見守ってあげて!
俺は、近づけないから…
あんなに俺のこと大切に思ってくれたのは…
あいつが初めてなんだ!
タイミングがきた時、
今度は俺が必ず幸せにするよ!
今まで、自分のことしか考えていなかった…
本当に愛する意味を
天外哲学で 少しずつ学んでいってるような…
いつか、あの日に戻りたい…

「パパともう一回 住みたい」


それを聞いたとき


言葉が出なかった。


パパも住みたい・・・


ゴメンね 将真。


我慢してるんだね。。。


里佳、


もう一度 やり直すことできないでしょうか?


子供の側に 居てあげたいです。