キャスターになった日
「僕は将来アナウンサーになるんだ!」
小さい頃はそんな事を恥ずかしげも無く吐き散らしていた覚えがある。
それだけでも死にたくなるのだから。
未だにその夢を捨てきれないでいるなどというのは、日記に書く位しか無いわけである。
露呈は即ち必殺である。
そんな事を考えながら眠りにつき、朝になると。
私は見事キャスターへ転生を果たしたようである。
細身のすらりとした体。
そのくせ中身もしっかり詰まった良い男である。
加えて、うっすら良い匂いもする。
いや。臭い、か。
私はキャスターである。
キャスターである私は、同様に奇妙な転生を果たした者20名と同じ箱に詰められている。
片田舎で先生をしていた者もいた。
銀座で女王と呼ばれたホステスの姉さんもいた。
何人もの人を殺しながら逃げおおせた猟奇殺人者などもいた。
如何なる人生を過ごそうとも、今や我々は一本のキャスターなのである。
7mgなのである。
詰まる所、煙草なのである。
煩雑な日常にうんざりしていたので。
夢が最早実現不可能な事もうすうす感づいてはいたので。
こっちのキャスターもありか、と思った。
皆も同じ気分の様で、騒がしかった箱の中も今や静かなものである。
煙草と言う姿になり、私は煙草だ、と認識してしまうと。
急速に人間を辞められるものなのだ。
いずれ誰かに購入され。
いずれ箱より取り出され。
いずれ尻に火をつけられて。
気化。消散。
それは、それで対応できる気もする。
期待も不安も無く。
ただ、ただ、煙草。
余りにも寒い日
寒い一日であった。
どれ位寒かったかと言えば、道行く人の多くが凍結している程であった。
凍結といってもその様態は人それぞれで、
完全に生命活動を停止し、体中に氷柱を引っ付けた若者も居れば、緩慢な動きで自転車を漕ぐおば様なども居た。
停止した街の中で私の目を引いたのは、公園で凍結したお姉さまであった。
虚空を見つめ、まるで観葉植物が如き凍結を見せる噴水に腰掛ける姿は神々しさすら漂わせていた。
お姉さまこと女神の周囲には、スロウモウな人々が群がっていた。乞い、すがり、まとわり付く様は妙に滑稽であった。
私はといえば、生来高血圧で、血液が元気一杯なので案外平気であった。
恐らく近々この町は高血圧自治区になるだろうな、などと考えた。
暫く歩くと、風が吹いた。
氷像が一つ倒れ、崩壊した。
また、風が吹いた。
氷像だったものは塵芥となり、霧散した。
愉快で悲しくなった。
ふと。
件の公園の方で、「ああ」とも「おお」とも取れる低いざわめきが上がった。
上がったが、見に行こうとは思わなかった。