✒手の形によって感覚が変わる/ふぁんそんテクニックの全て・12-4 | ふれあいと癒しの交響曲(名古屋/京都/気功/教室/講習/和気信一郎)

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(四)のつづき・2

5、安心(あんしん/あんじん)

🔹安心の意味
 安心とは、文字通り〔心が安らかな状態〕のことです。
 仏道では〔安心の境地〕といって、〔涅槃の境地〕や〔三昧の境地〕と同じような意味で用いられているようで、我欲や執着から離れ、迷いや不安が消滅した心の静けさに満たされた、心安らかな境地を体感しているんだと思います。
 そう言えば、般若心経にこんな経文がありました。
 「心無罣礙.無罣礙故無有恐怖.遠離一切顛倒夢想.究竟涅槃」
 簡単に訳してみますと、
「心に囚われが無くなった.囚われが無くなったことによって、怖れを有するということが無くなり、一切の逆転したものの見方や夢のような妄想から遠く離れることが出来、涅槃の境地を得たのである」
といったところでしょうか。
 〔安心〕には、そんな深い意味が含まれているんですよね。

🔹安心の形
 掌を上に向け、組んだ足の上に載せた形。
 正座などの場合は、両手を斜め下で少し前に出し、足を組んでいた場合に膝がある辺りで掌をやや上向きにして構えて下さい。
 少し胸を開くようにした方が良いですね。

🔹安心の感覚
 体の前側が温かな空気で満たされ、外の空気と隔てる皮膚のバリアが消えていき、体内と体外とで出来る大きな気のボールを受け止めている(持っている)ような感じで、〔兪〕の字の〔丸太をくり抜いて丸木舟を作る〕という意味を、体を丸木舟として体感しているような感じですね。
 体感する部分は、くり抜かれた空洞の感覚と、バリアの無くなった外の空気との一体感ですからね。


6、無邪気〔むじゃき〕

🔹無邪気の意味
 六観音というのがあります。
 観音菩薩が変化した姿だそうで、有名なものに、少年のような顔をした唐招提寺の千手観音や、ふくよかな面立ちの女性のような室生寺の十一面観音があります。
 その六観音の中に〔如意輪観音〕というのがあり、僕は、室生寺の本堂や千本釈迦堂で拝観したことがあります。
 その如意輪観音は片膝を立て、頬杖をついた、たの観音様や如来たちとはまったく違った姿をしていて、僕は無邪気な観音様だなぁと感じたものでした。
 〔無邪気〕という言葉には、僕たちが普段用いているような〔幼くて可愛い〕という意味の他に、邪気がない訳ですから、世俗的な汚れに染まらず、純粋な心を持っているというような意味があり、ここでは、その後者の意味ですからね。

🔹無邪気の形
 肩の左右で両掌を上に向け、肩の上まで降りてきている空(空気の層)を支えているような形です。

🔹無邪気の感覚
 気持ちを顔の中に持って行き、肩や手の上の大きな空気の中で顔の感覚が薄れていく(一つになっていく)、そんな感覚になれば良いですよね。

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