HANSON 年代記 & 作品一覧
※こちらは随時更新予定
その時代の背景を知ることで、
HANSONの音楽はもっと深く楽しめる。
「MMMBop」で世界的人気を獲得したHANSON。
しかし彼らの魅力は、それだけでは終わりません。
独立、HNet文化、VINYL、限定EP、
そして現在まで続くFANSONとの絆――。
このページでは、
1992年から現在までの歩みを、
アルバム・シングル・限定作品・重要イベントとともに年代順でまとめています。

HANSONとは? ▶ 詳しく見る
1992年
3兄弟、音楽の旅へ出発
アメリカ・オクラホマ州タルサで、アイザック、テイラー、ザックの3兄弟が音楽活動を開始。当初は「Hanson Brothers」名義で、地元イベントや芸術祭を中心に、50〜60年代オールディーズのアカペラを披露していた。
実は初期には妹ジェシカも一緒に歌っていた時期があり、現在とは少し違う“4人組”のような形でステージに立っていたこともあったという。
当時の彼らはまだ楽器を持たず、コーラスだけで勝負するスタイルだった。しかし幼少期を南米やトリニダード・トバゴで過ごした経験から、Time-Life社の50〜60年代コンピレーション・カセットを繰り返し聴き込み、耳コピでハーモニーを覚えていったことが、後のHANSON最大の武器となる“ブラザー・ハーモニー”の原点となった。
1992年5月2日には、地元タルサの芸術祭「Mayfest」で初期ライブを披露。アイザック11歳、テイラー9歳、ザック6歳という幼さながら、その完成度の高い歌声は地元で話題となり、「タルサにすごい兄弟がいる」と口コミで広がり始めていく。
【この年のポイント】
・「Hanson Brothers」として活動開始
・アカペラ中心の初期スタイル
・妹ジェシカも参加していた時期
・Mayfestで初期ライブ披露
・“ブラザー・ハーモニー”の原点形成
1993年
アカペラ少年たちの原点
前年の「Mayfest」出演をきっかけに、地元タルサで少しずつ知名度を上げ始めたHANSON。1993年は、“地元で話題の兄弟グループ”として草の根ライブ活動を本格化させた1年だった。
ショッピングモール、学校イベント、地域フェスなど、呼ばれればどこへでも出演。当時はまだ完全なアカペラスタイルが中心で、『Rockin' Robin』『Splish Splash』など50〜60年代ポップスを得意としていた。
この頃からテイラーが電子キーボードを弾きながら歌うスタイルを取り入れ始め、後のHANSONサウンドへ繋がる“ピアノ+3声ハーモニー”の原型が生まれていく。
また、アイザックもギターに興味を持ち始め、ガレージで独学練習をスタート。現在まで続く「バンドHANSON」への進化が少しずつ始まった時期でもあった。
地元スタジオでの初期レコーディングもこの頃に経験しており、後のインディーズ作品『Boomerang』へ繋がる最初期セッションの原型になったとも言われている。
【この年のポイント】
・地元イベント中心の草の根ライブ活動
・50〜60年代オールディーズを多数披露
・テイラーがキーボードを弾き始める
・アイザックがギター練習開始
・『Boomerang』へ繋がる初期録音
1994年
“バンドHANSON”誕生の年
1994年、HANSONはアカペラ中心の兄弟グループから、本格的な“ロックバンド”へと大きく進化していく。
テイラーのキーボード、アイザックのギターに加え、当時8〜9歳だったザックがドラムを本格的に演奏し始め、現在まで続く「ギター・ピアノ・ドラム」の基本スタイルが完成した。
同年3月には、テキサス州オースティンで開催された大型音楽フェス「SXSW」周辺でストリートライブを敢行。そこで音楽業界関係者クリストファー・サベックの目に留まり、後のマネージャー契約へ繋がる大きな転機となった。
しかし当時の音楽シーンは、ニルヴァーナ以降の“グランジ全盛期”。「子供のポップロックは売れない」と多くのレーベルから契約を断られる苦しい時期でもあった。
それでも彼らは地元タルサでライブ活動を継続。ショッピングモール、地域イベント、ウォーターパークなど、あらゆる場所で演奏経験を積み重ねていった。
1994年秋には、後のインディーズアルバム『Boomerang』へ繋がるレコーディングもスタート。「More Than Anything」初期版など、ファン人気の高い初期楽曲もこの頃に録音されている。
【この年のポイント】
・現在のバンド編成が完成
・ザックがドラムを本格的に開始
・SXSW周辺でストリートライブ敢行
・クリストファー・サベックと出会う
・レーベルからの連続拒否が始まる
・『Boomerang』録音開始
1995年
ガレージ直系のインディーズデビュー
1995年
ガレージ直系のインディーズデビュー
1995年、HANSONは初の自主制作アルバム『Boomerang』をリリース。地元タルサを中心にライブ会場での手売りやショップ委託販売を行い、“DIYバンド”として少しずつ存在感を広げていった。
当時はまだ完全なインディーズ時代。ライブ後にメンバー自ら物販へ立つこともあり、地域イベントではギャラ代わりにフライドチキンの無料券を受け取っていた…なんて泥臭いエピソードも残されている。
一方で、音楽業界では苦戦が続いていた時期でもあった。当時のアメリカはニルヴァーナ以降のグランジ全盛期。「子供のポップロックは売れない」と多くのレーベルから契約を断られていた。
しかし1995年後半、マーキュリー・レコードのA&R、スティーヴ・グリーンバーグが彼らのデモテープを聴き、その完成度の高いハーモニーとソングライティング能力に衝撃を受ける。この出会いが、翌年のメジャー契約へ繋がる大きな転機となった。
また、この頃のテイラーは変声期に差しかかっていた時期でもあり、“ボーイソプラノ時代”から現在へ繋がる独特のハスキーボイスへと変化し始めていた。
【この年のポイント】
・『Boomerang』自主リリース
・DIY手売り時代
・地元ライブ活動を本格化
・スティーヴ・グリーンバーグとの接触
・メジャー契約への流れが始動
・テイラー変声期スタート
【発売作品】
▷ アルバム『Boomerang』
(自主制作1stアルバム)
1996年
「MMMBop」誕生、そして運命のメジャー契約
1996年、HANSONは2作目となるインディーズ作品『MMMBop』をリリース。この作品をきっかけに、彼らの運命は一気に世界へ向かって動き始めることになる。
同作には、後に『Middle of Nowhere』へ収録される「Thinking of You」「With You in Your Dreams」の初期バージョンも収録されており、すでに“ソングライターとしてのHANSON”の片鱗が強く表れていた。
特に「With You in Your Dreams」は、当時10歳だったザックが亡くなった祖母への想いを込めて制作した楽曲として知られている。幼い兄弟が単なるアイドルではなく、自ら楽曲を書き、感情を表現する本格的なアーティストであることを証明した重要作品でもあった。
前年から彼らを追い続けていたマーキュリー・レコードのA&R、スティーヴ・グリーンバーグは、その才能を確信。1996年、HANSONはついにMercury Recordsとのメジャー契約を獲得する。
その後、彼らはロサンゼルスへ移り、メジャーデビューアルバム制作を開始。そこで出会ったのが、ベックやビースティ・ボーイズを手掛けた名プロデューサー、ダスト・ブラザーズだった。
当初の「MMMBop」は現在知られるポップソングとは異なり、もっとテンポの遅いロック/フォーク寄りの楽曲だったと言われている。しかしダスト・ブラザーズは、そのメロディの強さに可能性を見出し、テンポ感とビートを大胆に再構築。後に世界中を席巻する“あのMMMBop”が誕生していった。
1996年後半には、完成し始めた音源が全米ラジオ局や業界関係者の間で徐々に出回り始め、「謎の天才3兄弟バンドがいる」と音楽業界内で話題となっていく。そして1997年、“HANSON旋風”が世界を襲うことになる。
【この年のポイント】
・『MMMBop』インディーズ盤リリース
・「With You in Your Dreams」初期版収録
・Mercury Recordsとメジャー契約
・ダスト・ブラザーズと出会う
・「MMMBop」再アレンジ開始
・全米ラジオ向けプロモーション始動
【発売作品】
▷ ミニアルバム『MMMBop』
(自主制作2ndミニアルバム)
1997年
世界を飲み込んだ“MMMBop現象”
1997年、HANSONはついにメジャーデビューを果たし、一気に世界的スーパースターへと駆け上がる。オクラホマ州タルサのローカルバンドだった3兄弟が、わずか数ヶ月で“90年代を象徴する存在”へ変貌した、まさに伝説の1年だった。
1997年5月6日、メジャーデビューアルバム『Middle of Nowhere』をリリース。タイトルには、故郷タルサを「何もない場所(Middle of Nowhere)」と自虐混じりに表現した、彼ららしいユーモアと反骨精神が込められている。
アルバムからシングルカットされた「MMMBop」は世界的大ヒットを記録。世界27ヶ国でチャート1位を獲得し、アメリカ・Billboard Hot 100でも1位を記録した。
特に驚異的だったのは、当時わずか11歳だったザックがソングライターとして世界記録級の成功を収めたこと。幼い兄弟バンドという話題性だけでなく、“自分たちで曲を書く本物のバンド”として音楽業界全体へ衝撃を与えた。
日本でも1997年夏頃から爆発的人気となり、『ミュージックステーション』出演時には、自由すぎるザックの動きが話題になるなど、3兄弟の“天然キャラクター”も含めてお茶の間の人気者となっていった。
また、故郷オクラホマ州では彼らの功績を称え、5月6日を公式に「HANSON DAY」と制定。これが後に、世界中のFansonがタルサへ集まる恒例イベント「Hanson Day」へと繋がっていく。
さらに同年11月には、クリスマスアルバム『Snowed In』もリリース。大ブレイク直後という過密スケジュールの中で制作された作品ながら、ドゥーワップやモータウン愛に溢れた完成度の高い内容となり、現在でもファン人気の高い1枚として愛され続けている。
1997年は、単なる“アイドルブーム”では終わらなかった。ソングライターとして、ライブバンドとして、そして「HANSON文化」の原点として、今も語り継がれる特別な1年となった。
【この年のポイント】
・『Middle of Nowhere』発売
・「MMMBop」世界的大ヒット
・Billboard Hot 100で1位獲得
・世界27ヶ国でチャート1位
・日本でも社会現象級の人気
・「HANSON DAY」制定
・『Snowed In』発売
・“Fanson文化”の原点形成
【発売作品】
▷ アルバム
『Middle of Nowhere』
(メジャー1stアルバム)
▼ このアルバムの再生リスト
▷ シングル
『MMMBop』
『Where's the Love』
▷ アルバム
『Snowed In』
(メジャー・クリスマス1stアルバム)
▷ シングル
『What Christmas Means to Me』
▷ アナログ
『Middle of Nowhere』
≪仕様≫
・オリジナルEP
『Snowed In』
≪仕様≫
・オリジナルEP
1998年
“MMMBop現象”のその先へ
1998年、HANSONは世界的人気のピークへ突入する。一方で、“ティーンアイドル”として消費されることへの違和感も少しずつ芽生え始め、後の音楽的自立へ繋がる重要な転換期にもなっていった。
2月に開催された「第40回グラミー賞」では、「最優秀新人賞」など主要部門を含む複数部門にノミネート。授賞式では「MMMBop」を生演奏し、世界的アーティストとしての存在感を改めて示した。
バックステージでは、彼らが幼少期から敬愛していた元ビートルズのリンゴ・スターとも対面。ドラマーのザックは、リンゴ本人からドラムスティックを手渡されるという夢のような瞬間を経験している。
同年には、初の大規模ワールドツアー「Albertane Tour」を開催。会場は世界中で大熱狂となり、失神するファンが続出するなど、“90年代版ビートルマニア”とも呼ばれる社会現象となった。
「Albertane」という名前は、『Middle of Nowhere』収録曲「Man from Milwaukee」に登場する架空の惑星名から取られており、彼ららしい遊び心が込められている。
また1998年は、インディーズ時代の音源をまとめた『3 Car Garage: Indie Recordings '95–'96』も公式リリースされた年でもあった。ブレイク後にもかかわらず、あえて荒削りな初期音源を世に出したことで、「自分たちは最初からソングライターであり、ライブバンドだった」という強いメッセージを示した。
さらにツアーや舞台裏を追った映像作品『The Road to Albertane』もリリース。無邪気な少年らしさと、ステージ上でのプロフェッショナルな姿のギャップは、多くのファンをさらに夢中にさせていった。
一方で、テイラーは“世界で最も美しい少年”と呼ばれるほどのアイドル的人気を獲得。しかし彼ら自身は、あくまでルーツ・ロックやソウルを愛する「本物のバンド」でありたいという意識を強く持っていた。
この頃から感じ始めていた“アイドル視への違和感”は、後に彼らが独自路線へ進み、インディーズでの自立を目指していく大きな伏線となっていく。
【この年のポイント】
・グラミー賞主要部門にノミネート
・リンゴ・スターと対面
・「Albertane Tour」開催
・世界的“ビートルマニア現象”へ
・『3 Car Garage』リリース
・『The Road to Albertane』発売
・テイラー人気が世界規模に拡大
・“脱アイドル”への意識が芽生え始める
【発売作品】
▷ アルバム
『3 Car Garage: Indie Recordings '95–'96』
(初期音源コンピレーション)
▼ このアルバムの再生リスト
▷ アルバム
『Live from Albertane』
(初ライブアルバム)
▷ 映像作品
『The Road to Albertane』
(初公式ドキュメンタリー作品)
▷ シングル
『River』
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こうして1990年代、
タルサの3兄弟は
“MMMBop現象”を巻き起こし、
世界的スーパースターとなった。
しかし2000年代、
彼らを待っていたのは
さらなる成功ではなく――
「レーベルとの衝突」
「音楽性の葛藤」
そして、
“本当のHANSON”を探す長い旅だった。
▶ Era 2
「独立とHNet革命」
(1999–2007)へ続く
