ジョルジオ・ペトロシアンVSチンギス・アラゾフ。
新旧のK-1で70kg級の頂点を獲った両雄が、ベラトールキックボクシングの舞台で遂に激突する。
「神の眼」と称される驚異的なディフェンス能力で、K-1 WORLD MAX世界トーナメントを2009年、2010年と2年連続で制し、キックボクシング界に衝撃を与えたペトロシアン。
100戦近いプロキャリアの中で、敗戦は2つだけ。明確とも言うべき敗戦は、2013年にアンディ・リスティにKO負けを喫した1試合のみだ。
一方、MMA的なスイッチを織り交ぜた変則的かつアグレッシブな打撃スタイルで、2017年に新生K-1 WORLD GPのSウェルター級(70kg級)トーナメントを制したアラゾフ。
彼もキックボクシングで50戦以上戦い、敗戦は現GLORY王者シッティチャイ・シッソーピーノンと、元K-1王者マラット・グレゴリアンという、トップ中のトップしか許していない。
試合前の下馬評では、アラゾフ有利の声が多かった。
ペトロシアンは2013年にアンディ・リスティにKO負けして以降、トップ選手とは交わらず、調整試合的な相手を選んでは堅実に勝ち星を重ねていた。
一方のアラゾフは、今年3月に開催されたK-1でSウェルター級王者として初の防衛戦に挑み、日菜太に2RKO勝利を納め、現在波に乗っている。
「神の眼」を持つペトロシアンと言えども、K-1を制覇したのは8年前の話だ。
キックボクシングの最先端をひた走っているアラゾフのスイッチ打撃に全て反応する事は、いくらペトロシアンであろうと難しく、驚異のラッシングパワーでKOを狙うアラゾフの爆発力を止める事は出来ないだろう・・・新旧K-1王者対決は、事実上の世代交代マッチになるかと思われていた。
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📀ジョルジオ・ペトロシアンVSチンギス・アラゾフ 動画🔜https://youtu.be/yBJGLc7CO-o📀
蹴りの間合いで様子を探る両者。ペトロシアンはいつものサウスポースタイルで、アラゾフはオーソドックスに構えて右ミドルや前蹴りを打ち、時折サウスポーにスイッチする。
アラゾフが右ストレートから左を伸ばし、ペトロシアンの顔が後方へと跳ね上がる。
クリーンヒットの打撃すらも相手に与えさせないペトロシアンとしては珍しい光景だ。
一方のペトロシアンは左ミドル、奥足へのローキックを主体に攻撃を組み立てる。
両者に共通している部分としては、前手のジャブ(パーリング)を障壁にガードをしっかりと上げている所だ。
世界トップレベルのキックボクサー同士の試合だけに、一瞬の隙が命取りとなる。
試合は1R終盤に動く。
アラゾフがローキックを放った所へ、ペトロシアンがワンツーで左を伸ばし、先制のダウンを奪う。
バランスを崩した感じのダウンで、ダメージ的にはそれ程ではないが、明確にペトロシアン10-8のラウンドだ。
2R以降も中間距離で一進一退の攻防が続く。
ペトロシアンもアラゾフ相手には流石に一方的な展開で完封するまでには至らないか、ミドルやローキックの打ち終わりに蹴りやボディストレートを返される場面も見られる。
だが、近距離に入った途端、ペトロシアンが要所要所でクリンチをし、その離れ際にパンチや膝蹴りを当てる場面が目立つようになる。
反対にアラゾフは、中距離で頻繁にスイッチし、ペトロシアンを撹乱しようとするも、ディフェンシブにどっしりと構えているペトロシアンに対し、K-1GPを制覇した時のようなパンチからキックへと繋げてゆく強弱を織り交ぜた小気味の良いコンビネーション、カウンターの打撃が見られない。
ペトロシアンに決定的な打撃を当てる事が出来ないアラゾフ。ペトロシアンは膝のフェイントでアラゾフを下がらせ、クリンチの組み際でアラゾフのガードが空いた隙を狙って左ストレートをねじ込んでゆく。
両者は5Rを戦い抜き、判定は3者共にペトロシアンを支持。
新旧K-1王者対決は、「世代交代マッチとなる」という一部の識者とファンの期待と予想を「ザ・ドクター」が冷徹な瞳で一蹴する、そんな結末に終わった。
新生K-1のリングでトーナメントを含め計4試合を戦い、うち3試合がKO勝利、合計8つのダウンを奪っているという、新生K-1王者チンギス・アラゾフの驚異的な攻撃力を、旧K-1MAX王者ジョルジオ・ペトロシアンは何故封じ込める事が出来たのか。
それは「クリンチ際の打撃」と「ディフェンスの重要性」という、新生K-1にとっての盲点を突いていたからである。
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👑「制限ルールの中での」巧みなクリンチ打撃👑
この試合において随所で目立っていたのが、ペトロシアンがクリンチ際に放った打撃だ。
ベラトールキックボクシングルールは、ムエタイやMMAのように首相撲、クリンチからの打撃が無制限に認められているわけではない。
首相撲からの膝蹴りを1回放った直後にレフェリーがブレイクを命じた場面があった事から、恐らく旧K-1ルールのように首相撲からの打撃は1回まで、という制限が設けられているものと推測される。
ペトロシアンは、接近戦になるとクリンチしてアラゾフのコンビネーションやカウンターを封じつつ、組んでいる最中や組みから離れた「際」を狙って左右のフック系のパンチをヒットさせていた。
アラゾフは昨年11月、あのメルヴィン・マヌーフの甥であるセドリック・マヌーフと対戦した際、2Rにクリンチした際にマヌーフの左フックで吹っ飛ばされてダウンを奪われている。
5Rマッチで行われたこの試合は、中盤以降アラゾフが盛り返し、辛くも判定勝ちを納めている。
だが、ペトロシアン戦でも同じように反応できず貰ってしまうシーンが目立っていたように、アラゾフにとってクリンチ打撃は弱点でもあったようだ。
クリンチ打撃はMMAの試合において頻繁に見られる技術の一つだ。
最近では、現UFCヘビー級・ライトヘビー級の二階級のベルトを保持しているダニエル・コーミエが、スタンドで組んだ状態から右フックの一撃でスティぺ・ミオシッチをKOした試合が有名である。
📀ダニエル・コーミエVSスティぺ・ミオシッチ KOシーンgif🔜https://mobile.twitter.com/vaobhr/status/1015817312325140483/photo/1📀
クリンチや首相撲で組んだ状態になると、腕や頭が下がりガードが空く。
片手、または両手で相手の頭を押さえ付けて固定しながらパンチ、肘、そして膝蹴りを出す事によって、衝撃を逃がさないようにし、当たり所によっては一発でノックアウトするような強力な打撃を放つ事ができる。
📀デメトリアス・ジョンソンVSヘンリー・セフード クリンチ膝蹴りgif🔜https://goo.gl/images/rnVyMM📀
また、クリンチや首相撲から離れた「組み際」も、相手の警戒心が一瞬解けてガードが無防備になる瞬間でもある。
下のgifは、日本のリングでも活躍し先日UFCで引退を表明したマイク・パイルが、右の肩パンチでクリンチを解いてから、離れ際にショートの左フックを入れた時のシーンである。
📀マイク・パイル 肩パンチ→左フックgif🔜https://goo.gl/images/aRWDCZ📀
また、ペトロシアンは1Rの中盤に、左ストレートを放ちながら接近し、腕を伸ばした状態で手を相手の首の裏に掛けてそのままクリンチをするシーンが見られた。
相手からしてみれば、ペトロシアンの必殺技である左ストレートが来ると思って身構えていたところでクリンチされるのだから、嫌らしい事この上ない。カウンター封じとしても使える戦法だ。
この技は、2009年K-1WORLDMAXのアルバート・クラウス戦でも使用していて、バッティング気味に頭から突っ込んでいく事で相手のリズムを狂わせている。
打撃を見せつつのクリンチ・テイクダウンという戦法も、MMAではお馴染みとなっている。
現UFCフライ級王者、デメトリアス・ジョンソンが最も得意としており、山本KID戦での左フックからの低空タックルでテイクダウンを奪ったシーンや、クリス・カリアソ戦で右のオーバーハンドを見せながら相手の足を掛けてテイクダウンを奪ったシーンが有名だ。
📀デメトリアス・ジョンソン テイクダウンgif🔜https://goo.gl/images/u1732j📀
ちなみに現行の新生K-1ルールでは首相撲、クリンチからの打撃は一切禁止されており、上記の技も当然の事ながら使えない。
アラゾフはムエタイルールの試合もこなしており、首相撲の攻防が全く苦手というわけではないのだが「制限されたルールの中でも」現行K-1ルールでは一切禁止されているクリンチ打撃をペトロシアンに有効に使われてしまった事が、敗北を喫した一つの要因であったと言えよう。
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👑日本と海外で比較する「ディフェンス」の意識の差👑
ペトロシアンVSアラゾフを観た後に、新生K-1のアラゾフVS日本人選手の試合を観ていると、アラゾフに負けた中島弘貴、日菜太、城戸康裕の3名は、ディフェンスを疎かにしていたが故にアラゾフにペースを握られてしまっている事に気付く。
📀チンギス・アラゾフVS中島弘貴 動画🔜https://youtu.be/XnZ8sLSVsvQ📀
中島は序盤から動きが固いせいか、初っ端からオーソドックスに構えるアラゾフの左ミドルに反応できておらず、そこからアラゾフの多彩な攻撃を入れられてしまい、2RKO負けを喫した。
📀チンギス・アラゾフVS日菜太 動画🔜https://youtu.be/MMWLeWrTQ5c📀
強烈な左ミドルを武器とする日菜太との対戦では、アラゾフは日菜太の左ミドルに左フックのカウンターを合わせたり、ミドルを蹴った後の蹴り足が戻る瞬間に左右のボディを叩き込んでいた。日菜太をフィニッシュしたのも左ミドルへのカウンターだった。
日菜太の、軸足の溜めを作って打つキックは威力に秀でる分、ダイレクトで放つと相手にモーションを悟られやすく、蹴り足が戻る際の硬直時間も長い。
恐らく日菜太としては、左ミドルに絶対の自信があるだけに、強烈なミドルを当ててKOを狙いたいという意識を持ってこの試合に臨んだと思われるのだが、それが仇になってしまった格好である。
頭部、またはボディへの攻撃でダメージを受ければ、通常の選手ならば集中力や反応が鈍り、相手の攻撃に更に対応しずらくなる。
ましてや、アラゾフのようにスイッチを自在に使いこなす選手を相手にした場合、どの距離でどんな攻撃が飛んでくるのかも分からない状態となる。
そうなるとアラゾフの思う壺である。
ペトロシアンも、K-1MAXの頃と比較すると反応が多少衰えている印象がある。
だが、ガードをしっかりと上げ、ヘッドスリップやスウェイバックと組み合わせる事で頭部への被弾を最小限に抑え、左ミドルの蹴り足の戻り際を狙った左右のボディに対しては、バックステップで威力を軽減させていた。
Krush時代から、従来のキックボクシングの試合とは一線を画すアグレッシブな打ち合いの試合をファンに提供してきた事で、徐々に人気を博していき、今年3月には20000人収容のさいたまスーパーアリーナで興行を開催するまでに成長を遂げた新生K-1。
旧K-1時代と比較するとボクシング技術やコンビネーションと言ったオフェンス面の部分に関して格段の進歩が見られるものの、攻撃に比重を置き過ぎるが故にディフェンスの部分が疎かになっては居ないだろうか。
特に中重量級では一発の打撃が流れを大きく左右する場面が多くなるだけに、外国人選手の層が厚くなるであろう今後は、バランスの良い攻防の意識というものが要求されてくるだろう。
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アグレッシブなスタイルで新生K-1の王者に君臨しているチンギス・アラゾフの攻撃力を、持ち前のディフェンス技術と、新生K-1のルールには無いクリンチ打撃でもって封じ込める事に成功した、ジョルジオ・ペトロシアン。
遠いローマの地で行われた新旧K-1王者対決は、図らずとも、現行K-1が抱える課題を提示しているかのように思えてならなかった。
🔆おまけ🔆
ペトロシアンのK-1MAXデビュー戦、VSジャバル・アスケロフ戦の動画を置いておきます。
ペトロシアンの原点にして至高。
📀ジョルジオ・ペトロシアンVSジャバル・アスケロフ(2009)動画🔜https://youtu.be/ntV2_NlEW1Y📀