難しい問題だよねっていう話。
命をどこまで助けるかとか、
障害をどこまで受け入れるか。
生きるとは、死ぬとは。
医学は日進月歩で、
もちろんそれ自体は、
きっと素晴らしいことなんだろう。
今まで助けられなかった、
助かるはずの命が、
守ることのできるものになる。
死にたいなんて思わない。
それは誰だって、そうだから。
一方で、
全人口の約2割は、
先天的に何らかの障害や病気を、
もって生まれてくる事実。
もしくは自然の摂理、絶対の掟。
それは、ある意味で、
一つの種が増えすぎないための、
無作為な選別、厳密な法則。
蟻のコロニーでは、
働きアリの約2割が、
全く働かないのと同じ理屈だろう。
これはもう、
太古の昔から受け継がれている、
遺伝子レベルの、
神か何か特別なものの力が働く、
抗いようのない、真理。
意図的に、
見えざる手が生む、
秩序の安定。
地球上のあらゆる動物は、
自分で餌が取れなければ餓死し、
自力で動けなくなれば淘汰され、
そうして、均衡を保っている。
バランスを、平行を。
植物にしたって、
雨が降らなければ枯れるし、
病気に侵されれば生きてはいけない。
果たして人間だけ、
その輪から外れることは、
許されるのだろうかと。
生命の輪廻、連鎖から、
超越した立場に上がってよいのか、と。
たまに、思うことがあるわけです。
世の中では戦争が止まず、
人々の心は病み、
誰かを傷つけて、苦しめて、
自分だけもっと、もっと、もっと、
限界や終わりなんてない、
求め続け、奪い続ける。
そんな世界に、
死に体で呼吸だけして、
朝から晩までベッドの上で、
食べることも喋ることも、
排泄や運動することも、
自分一人ではできないでいることが、
救うことになっているのかと。
死にたくない、
死に体。
誰かを救い、
何かに巣食う。
結局、
全ての条件を満たすことなんて、
できないようにできてるのに。
メリットの数だけ、
デメリットだって存在してて。
そんな答えの見つからない、
思考実験を繰り返す。
何より気持ちが一番満たされますっていう話。
5月の某日に、車が傷つきまして。
板金塗装しなくちゃな~と、
あれこれ探していたところ、
立川にある『ガレージローライド』さんを見つけました。
いわゆる街の板金屋さんですが、
ネットで調べると、
評判が大変によろしい。
作業行程をYouTubeにアップしたり、
実例や費用も公表していたりと、
すこぶる透明な会社です。
まぁ、最初はね、
そういうのって何か逆に怪しくない!?
やらせか、仕込みか、サクラか?
みたいな、穿った見方もしましたよ。笑
そういうお店って素人相手だから、ふっかけてくるんじゃないの?
とか、きっと皆さんも、板金屋に対して不安に感じるところもあると思います。
しかし、
行ってみると実に丁寧で、誠実な方々です。
社長さんをはじめ、仕事に誇りをもっていらっしゃるのが分かりました。
ともすれば、不透明で、専門用語連発、パーツ代だ作業代だと、職人気質を衣に、儲け全開にしてくる会社も多い中、客の目線に立って、寄り添う様に対応してもらえます。
私のBRZはスポーツカーですから、
色々な面において難しさがあったはずですが、仕上がり具合いの素晴らしさ、見積もりより抑えた費用、納期の早さ、一級品でした。
元通りに物が直るという喜びはもちろん、何よりも、車が傷ついたり凹んだりして、『あ~あ、、、』と落ち込んでいる人間の、心を一番に直してくれました。
そういう人の温かさに触れることのできるお店は、ジャンルを問わず貴重だなと感じましたね。
そして、だからこそ、
きっとディーラーや、
某倶楽部のような、
『直ればいいんでしょ。』みたいな、
『仕事さえしてればOK。』みたいな、
雰囲気がないんだな~と思った。
今もしも、
車のことで悩みを抱えてる方は、
是非とも『ガレージローライド』
で、検索していただきたいですね。
あんなに親身に考えてくれる人達は、
板金屋に限らず、
どんなお店と比べても、
間違いなく価値のある会社です。
そういう人にこそ、
お金は支払いたいし、
支払うに値するんだと思う。
安さや、早さという点でいうと、
もしかしたら、人によっちゃあ、
別にここでなくてもいいし。
という考え方もあるかもしれない。
それが間違いとか、
私がいうのが正しいとか、
そういうことではなく。
ただ、人と人とのやり取りが、
どうしても希薄になり、
別にそこを求めなくとも、
生活に何ら困らない現代で、
むしろそこに重きを置き、
『思いやり』をもって、
接してくださること。
そこにだって、
私は価値を見出だしていいと思った。
会社名出しちゃって、
許可とかもらってないけど。笑
とにかくですね、
そんな職人さんの、
凄さと素晴らしさに、
出逢えたことが、
今回の一番の喜びだったんですよ。
5月の某日に、車が傷つきまして。
板金塗装しなくちゃな~と、
あれこれ探していたところ、
立川にある『ガレージローライド』さんを見つけました。
いわゆる街の板金屋さんですが、
ネットで調べると、
評判が大変によろしい。
作業行程をYouTubeにアップしたり、
実例や費用も公表していたりと、
すこぶる透明な会社です。
まぁ、最初はね、
そういうのって何か逆に怪しくない!?
やらせか、仕込みか、サクラか?
みたいな、穿った見方もしましたよ。笑
そういうお店って素人相手だから、ふっかけてくるんじゃないの?
とか、きっと皆さんも、板金屋に対して不安に感じるところもあると思います。
しかし、
行ってみると実に丁寧で、誠実な方々です。
社長さんをはじめ、仕事に誇りをもっていらっしゃるのが分かりました。
ともすれば、不透明で、専門用語連発、パーツ代だ作業代だと、職人気質を衣に、儲け全開にしてくる会社も多い中、客の目線に立って、寄り添う様に対応してもらえます。
私のBRZはスポーツカーですから、
色々な面において難しさがあったはずですが、仕上がり具合いの素晴らしさ、見積もりより抑えた費用、納期の早さ、一級品でした。
元通りに物が直るという喜びはもちろん、何よりも、車が傷ついたり凹んだりして、『あ~あ、、、』と落ち込んでいる人間の、心を一番に直してくれました。
そういう人の温かさに触れることのできるお店は、ジャンルを問わず貴重だなと感じましたね。
そして、だからこそ、
きっとディーラーや、
某倶楽部のような、
『直ればいいんでしょ。』みたいな、
『仕事さえしてればOK。』みたいな、
雰囲気がないんだな~と思った。
今もしも、
車のことで悩みを抱えてる方は、
是非とも『ガレージローライド』
で、検索していただきたいですね。
あんなに親身に考えてくれる人達は、
板金屋に限らず、
どんなお店と比べても、
間違いなく価値のある会社です。
そういう人にこそ、
お金は支払いたいし、
支払うに値するんだと思う。
安さや、早さという点でいうと、
もしかしたら、人によっちゃあ、
別にここでなくてもいいし。
という考え方もあるかもしれない。
それが間違いとか、
私がいうのが正しいとか、
そういうことではなく。
ただ、人と人とのやり取りが、
どうしても希薄になり、
別にそこを求めなくとも、
生活に何ら困らない現代で、
むしろそこに重きを置き、
『思いやり』をもって、
接してくださること。
そこにだって、
私は価値を見出だしていいと思った。
会社名出しちゃって、
許可とかもらってないけど。笑
とにかくですね、
そんな職人さんの、
凄さと素晴らしさに、
出逢えたことが、
今回の一番の喜びだったんですよ。
動機なんてほんの些細なもので十分なんだっていう話。
映画『予告犯』を観ました。
ある日、シンブンシを名乗る謎の人物は、ネット番組を通して犯行予告を流す。
次の日、予告した通りの事件が実際に起きた。それ以降も次々と予告と事件は続き、ある種の社会現象にまで発展する。
シンブンシが狙うのは、いずれも利己的な発言をする者たち。『制裁』と称して繰り返される犯罪行為に、警察は翻弄され、サイバー課の捜査は後手に回ってしまう。
シンブンシの狙いは一体何なのか、向かう先に何を求めるのか。最大にして重要な部分を掴みきれない警察は彼に追いつき、逮捕することができるのか。
環境のせいにするなとか、
それでも頑張れとか、
よく口にしてしまうけれど。
『どうにもならない』ことは、
何をしたってどうにもならない。
そんな世界も確かに存在している。
いつも、どこでも、誰にでも、
『努力は必ず報われる』と、
それが通用するのなら、
貧困や飢餓、不幸なんて言葉は、
生まれないはずだろう。
まして、
人間の悪意
という壁の前に、
為す術などありはしない。
『人間は他人から見れば小さな、とるに足らないことであっても、動く理由になり得る』
作中で、一番言いたいことはそこなのではないかと思う。
犯罪の陰には、何か特別な意図や思い、生み出す背景が存在している。
それは、しかして、時に人には理解しがたいこともある。
友の些細な夢を叶えるために、自分の全てを擲ってそれを遂げようとする。。。
たったそれだけの為に!?と、思われることだってあるのかもしれない。
表面化した事象。
それが意味するところが、
時には真逆の場合だってあるだろうし、
何が真実であるかは、見る人や受けとる人によって変わるのかもしれない。
ある側面からアプローチすれば、
ただの快楽犯、
別の視点で見れば、
英雄的行動。
歴史の事実でさえ、
解明を進めれば、それまでと全く異なる新事実が、見つかることだってざらにある。
何が正しいとか、
正義とは何か、
それこそ、それは十人十色。
映画『予告犯』を観ました。
ある日、シンブンシを名乗る謎の人物は、ネット番組を通して犯行予告を流す。
次の日、予告した通りの事件が実際に起きた。それ以降も次々と予告と事件は続き、ある種の社会現象にまで発展する。
シンブンシが狙うのは、いずれも利己的な発言をする者たち。『制裁』と称して繰り返される犯罪行為に、警察は翻弄され、サイバー課の捜査は後手に回ってしまう。
シンブンシの狙いは一体何なのか、向かう先に何を求めるのか。最大にして重要な部分を掴みきれない警察は彼に追いつき、逮捕することができるのか。
環境のせいにするなとか、
それでも頑張れとか、
よく口にしてしまうけれど。
『どうにもならない』ことは、
何をしたってどうにもならない。
そんな世界も確かに存在している。
いつも、どこでも、誰にでも、
『努力は必ず報われる』と、
それが通用するのなら、
貧困や飢餓、不幸なんて言葉は、
生まれないはずだろう。
まして、
人間の悪意
という壁の前に、
為す術などありはしない。
『人間は他人から見れば小さな、とるに足らないことであっても、動く理由になり得る』
作中で、一番言いたいことはそこなのではないかと思う。
犯罪の陰には、何か特別な意図や思い、生み出す背景が存在している。
それは、しかして、時に人には理解しがたいこともある。
友の些細な夢を叶えるために、自分の全てを擲ってそれを遂げようとする。。。
たったそれだけの為に!?と、思われることだってあるのかもしれない。
表面化した事象。
それが意味するところが、
時には真逆の場合だってあるだろうし、
何が真実であるかは、見る人や受けとる人によって変わるのかもしれない。
ある側面からアプローチすれば、
ただの快楽犯、
別の視点で見れば、
英雄的行動。
歴史の事実でさえ、
解明を進めれば、それまでと全く異なる新事実が、見つかることだってざらにある。
何が正しいとか、
正義とは何か、
それこそ、それは十人十色。