楽々主義 -21ページ目

楽々主義

徒然なる日々

難しい問題だよねっていう話。

命をどこまで助けるかとか、
障害をどこまで受け入れるか。
生きるとは、死ぬとは。

医学は日進月歩で、
もちろんそれ自体は、
きっと素晴らしいことなんだろう。

今まで助けられなかった、
助かるはずの命が、
守ることのできるものになる。

死にたいなんて思わない。
それは誰だって、そうだから。

一方で、
全人口の約2割は、
先天的に何らかの障害や病気を、
もって生まれてくる事実。
もしくは自然の摂理、絶対の掟。

それは、ある意味で、
一つの種が増えすぎないための、
無作為な選別、厳密な法則。

蟻のコロニーでは、
働きアリの約2割が、
全く働かないのと同じ理屈だろう。

これはもう、
太古の昔から受け継がれている、
遺伝子レベルの、
神か何か特別なものの力が働く、
抗いようのない、真理。

意図的に、
見えざる手が生む、
秩序の安定。

地球上のあらゆる動物は、
自分で餌が取れなければ餓死し、
自力で動けなくなれば淘汰され、
そうして、均衡を保っている。
バランスを、平行を。
植物にしたって、
雨が降らなければ枯れるし、
病気に侵されれば生きてはいけない。

果たして人間だけ、
その輪から外れることは、
許されるのだろうかと。
生命の輪廻、連鎖から、
超越した立場に上がってよいのか、と。
たまに、思うことがあるわけです。

世の中では戦争が止まず、
人々の心は病み、
誰かを傷つけて、苦しめて、
自分だけもっと、もっと、もっと、
限界や終わりなんてない、
求め続け、奪い続ける。

そんな世界に、
死に体で呼吸だけして、
朝から晩までベッドの上で、
食べることも喋ることも、
排泄や運動することも、
自分一人ではできないでいることが、
救うことになっているのかと。

死にたくない、
死に体。
誰かを救い、
何かに巣食う。

結局、
全ての条件を満たすことなんて、
できないようにできてるのに。
メリットの数だけ、
デメリットだって存在してて。

そんな答えの見つからない、
思考実験を繰り返す。















何より気持ちが一番満たされますっていう話。

5月の某日に、車が傷つきまして。
板金塗装しなくちゃな~と、
あれこれ探していたところ、
立川にある『ガレージローライド』さんを見つけました。

いわゆる街の板金屋さんですが、
ネットで調べると、
評判が大変によろしい。
作業行程をYouTubeにアップしたり、
実例や費用も公表していたりと、
すこぶる透明な会社です。

まぁ、最初はね、
そういうのって何か逆に怪しくない!?
やらせか、仕込みか、サクラか?
みたいな、穿った見方もしましたよ。笑

そういうお店って素人相手だから、ふっかけてくるんじゃないの?
とか、きっと皆さんも、板金屋に対して不安に感じるところもあると思います。

しかし、
行ってみると実に丁寧で、誠実な方々です。
社長さんをはじめ、仕事に誇りをもっていらっしゃるのが分かりました。
ともすれば、不透明で、専門用語連発、パーツ代だ作業代だと、職人気質を衣に、儲け全開にしてくる会社も多い中、客の目線に立って、寄り添う様に対応してもらえます。

私のBRZはスポーツカーですから、
色々な面において難しさがあったはずですが、仕上がり具合いの素晴らしさ、見積もりより抑えた費用、納期の早さ、一級品でした。

元通りに物が直るという喜びはもちろん、何よりも、車が傷ついたり凹んだりして、『あ~あ、、、』と落ち込んでいる人間の、心を一番に直してくれました。
そういう人の温かさに触れることのできるお店は、ジャンルを問わず貴重だなと感じましたね。

そして、だからこそ、
きっとディーラーや、
某倶楽部のような、
『直ればいいんでしょ。』みたいな、
『仕事さえしてればOK。』みたいな、
雰囲気がないんだな~と思った。

今もしも、
車のことで悩みを抱えてる方は、
是非とも『ガレージローライド』
で、検索していただきたいですね。

あんなに親身に考えてくれる人達は、
板金屋に限らず、
どんなお店と比べても、
間違いなく価値のある会社です。
そういう人にこそ、
お金は支払いたいし、
支払うに値するんだと思う。

安さや、早さという点でいうと、
もしかしたら、人によっちゃあ、
別にここでなくてもいいし。
という考え方もあるかもしれない。

それが間違いとか、
私がいうのが正しいとか、
そういうことではなく。

ただ、人と人とのやり取りが、
どうしても希薄になり、
別にそこを求めなくとも、
生活に何ら困らない現代で、
むしろそこに重きを置き、
『思いやり』をもって、
接してくださること。
そこにだって、
私は価値を見出だしていいと思った。

会社名出しちゃって、
許可とかもらってないけど。笑

とにかくですね、
そんな職人さんの、
凄さと素晴らしさに、
出逢えたことが、
今回の一番の喜びだったんですよ。














動機なんてほんの些細なもので十分なんだっていう話。

映画『予告犯』を観ました。

ある日、シンブンシを名乗る謎の人物は、ネット番組を通して犯行予告を流す。
次の日、予告した通りの事件が実際に起きた。それ以降も次々と予告と事件は続き、ある種の社会現象にまで発展する。
シンブンシが狙うのは、いずれも利己的な発言をする者たち。『制裁』と称して繰り返される犯罪行為に、警察は翻弄され、サイバー課の捜査は後手に回ってしまう。
シンブンシの狙いは一体何なのか、向かう先に何を求めるのか。最大にして重要な部分を掴みきれない警察は彼に追いつき、逮捕することができるのか。

環境のせいにするなとか、
それでも頑張れとか、
よく口にしてしまうけれど。
『どうにもならない』ことは、
何をしたってどうにもならない。
そんな世界も確かに存在している。

いつも、どこでも、誰にでも、
『努力は必ず報われる』と、
それが通用するのなら、
貧困や飢餓、不幸なんて言葉は、
生まれないはずだろう。

まして、
人間の悪意
という壁の前に、
為す術などありはしない。

『人間は他人から見れば小さな、とるに足らないことであっても、動く理由になり得る』
作中で、一番言いたいことはそこなのではないかと思う。

犯罪の陰には、何か特別な意図や思い、生み出す背景が存在している。
それは、しかして、時に人には理解しがたいこともある。
友の些細な夢を叶えるために、自分の全てを擲ってそれを遂げようとする。。。
たったそれだけの為に!?と、思われることだってあるのかもしれない。

表面化した事象。
それが意味するところが、
時には真逆の場合だってあるだろうし、
何が真実であるかは、見る人や受けとる人によって変わるのかもしれない。

ある側面からアプローチすれば、
ただの快楽犯、
別の視点で見れば、
英雄的行動。

歴史の事実でさえ、
解明を進めれば、それまでと全く異なる新事実が、見つかることだってざらにある。

何が正しいとか、
正義とは何か、
それこそ、それは十人十色。