楽々主義 -14ページ目

楽々主義

徒然なる日々

それが我々の役割だろっていう話!

国民の命を守る。

そうは言うよね。
だけれども、彼らは決めるだけ。
実際に戦地に赴き、人を殺すのは誰か。
自衛隊という、他ならぬ国民自身でしょう。

自分等は『行け』とだけ命令。
すぐに安全な場所へ避難する。
実際に危険に晒されて、命を落とすのは誰か。
一般人と呼ばれる、他ならぬ国民自身でしょう。

抑止力のためなら、
武装もやむを得ないという。
じゃあ、
子どもは不審者から身を守るために、
銃を持たなければならないのか。
女性は痴漢から身を守るために、
ナイフを所持することを容認するのか。
そうすれば、
安心して暮らせる平和な国になるのか。

揚げ足とりだって?
それとこれとは別問題だって?

明日中国や韓国と戦争になり、
自分の命が危機にさらされる確率と、
明日通り魔や快楽犯罪者に、
自分の命が危機にさらされる確率と、
どちらが高いのか。

憲法に違反するからダメだって?
じゃあ憲法に『人を殺してよい』
とあれば、いいのかい。

それは偽善だとか、
ただの理想論だとか、
非現実的だとか、
ご指摘はありますでしょうね。

でも、言わせてもらえば、
私は毎日子ども相手に、
そういう偽善や理想を語る立場ですよ。
人を殺すことは、
憲法に違反するしないとか、
友達がやられているいないとか、
そんなことには関わらず、
どんな理由があろうとダメだと、
私は教えていく仕事に就いてますよ。

イジメをするなという大人が、
一番イジメをするじゃないか。
暴力を振るうなという大人が、
誰よりも人に暴力的じゃないか。

もし貴方が、
子どもにそう言われたら、
返す言葉がありますか?
少なくとも私は、
黙る以外の解答を持ち合わせていませんよ。

だって、ずるいじゃない。
子どもには『いいことをしなさい、正しく生きなさい、人にやさしくしなさい』
って、うるさく言うくせに、
自分達が最もそこから遠い。

結果、責任の擦り付け合い。
あいつが悪い、こいつが悪い。
僕は悪くない、仕方がない、
やむを得ない。。。

なら、万引きもやむを得ない。
痴漢も誘拐も、
イジメも殺人も、
何もかも、全部そうしなくちゃ、
理屈に合わないじゃないか。

大人が率先して示さなくて、
どこの子どもが納得するのか。

他人の意見に耳も貸さず、
批判否定を繰り返し、
相手の間違いばかりを指摘する。

大人がそんな姿を見せてる限り、
未来が明るくなるはずがなく、
子どもたちが正しさを信じ、
命や違いを貴び、
誰かを思いやる気持ちを、
抱こうとするはずがない。











ジブリで1番好きな作品は?ブログネタ:ジブリで1番好きな作品は? 参加中
アニメーションだからできることっていう話!

甲乙付けがたいところはありますよね。
それこそ、ジブリ作品は多岐に渡る。
純粋な好みということにしても、
ジャンルによって、様々かなと。

でも、強いて言うなら、
『もののけ姫』
『魔女の宅急便』

もののけは、
人間と自然の共存という意味では、
かなり深く切り込んだもの。
大人向けというか、
社会的なメッセージに富んだもの。

魔女宅は、
一人の少女の成長譚。
様々な困難に出逢い、
その度に苦しみながら、
けれど諦めることなく挑む。
その姿はとても輝いていて。

アニメーションには、
夢や希望、時には思想が、
あらゆるファンタジーの中に、
紡がれていく。。。

リアルでないからこそ、
夢想であるからこそ、
そこに描かれる無限の世界は、
きっと、誰しもの憧憬で。

身近な出来事が、
鮮やかな夢物語になるのだろう。

思い上がりでなくっていう話。

自信をもつ。
と、言われますが、
それは言葉としてどうなのかと。
ふと、夜中に、夜長に思い耽り。

自信とは、
自分自身を信じてやることで。
それは、もつとかもたないとか、
そういった類いのものじゃなくて。

もっと謙虚な姿勢から出るんだ。
と、思うんですよね。

信じるってのは、
要は、認めるってこと。

これまでやってきたこと、
積み重ねてきたことに対して、
正当に真っ当に、
評価しようという心の所作で。

滲み出てはいけないんだろうと、
そんな顕在化するものじゃなくて、
内に秘めた闘志の様な、
蓄えていくものではないかと。

傲慢であってはならない。
欺瞞でも、自己満でも。
そうなってしまった時点で、
きっとそれは、
自信とは言わないのではないのかと。

自分を信じてやれるのは、
誰かじゃない。
他ならぬ己自身。

自身を信じられる強さをもつ、
それこそが自信をもつこと。

努力だって、我慢だって、
それは、常に内省的な役割で。
全ては自分の弱さに向き合い、
しかしながら、
それでも困難に立ち向かおうとする、
前向きな姿勢が、
自信へと昇華され、強化されるのだ。

根拠のない強がりや、
思い上がりではなくて、
自分の強さも弱さも分かった上で、
それらを総合的に捉えた先に、
やっと開かれる扉。

だからこそ、
誇れるもので、
唯一性とも言えるものになる。

失う怖さを知るからこそ、
その困難さを理解しているからこそ、
真に大切なものであると。

自身を信じること。
容易ならざるその所業こそ、
即ち本当の意味での、
強さを身に付けることなのかもしれない。