林檎にできること。

ありますか。



















「それでも、あなたのとなりにいるから。」





















例えば子犬のように転がっている林檎が、

何も頑張らずにダラダラ過ごしていたとして。

例えばテディベアのようにころんとした飼い主が、

頑張り方を見失っても奮闘していたとして。

それでも二人は共に過ごしていくのでしょう?




でも、それで両者は満たされるの?




互いに現状に不満や不安を抱えていて、

何とかしたいともがいてみたり、

力になれないと嘆いてみたり、

それでも一緒にいたいと泣いてみたり、

ふとしたじゃれ合いで愛を取り戻してみたり。





それが本当に必要な関係なの?





失いたくない。

離れたくない。

だいすきだから。

何でもするから。

がんばるから。

変わるから。

そうして自分を責め合って慰め合って、

二人で生きていく関係でいいの?






それを共依存と呼ぶ。






分かってる。

自分の気持ちはよくわかってる。

相手の気持ちも少しだけわかってる。

どうにかしたいのと一緒にいたい。

その2つが頭から離れないだけ。

今はどうしていいのかわからないだけ。

きっといつかは解決できる。

きっと二人は分かり合える。

きっと二人は支え合える。

きっとぼくらは一緒にいられる。

今はこうして根拠のない自身を持つことが精一杯。

忠犬にはほど遠いたよりない子犬。

たまにリールを落として迷子になる飼い主。

一緒にいたいと願う気持ちだけが一人前。

みっともない。






















それでも、あなたのとなりにるから。











やりたいことリストをつくろう。


今は会えない日々が続いていても、


いつかは会える日がくるから。


まだ届けられない思いがあっても、


いつかは分かり合えるのだから。









でもまず最初に謝ろう。


この会えない日々の意味も考えずに、


一方的に気持ちをぶつけてしまったことを。


貴方の決死のたたかいに、


邪魔を入れてしまったことを。


貴方のことをまだ何も理解できていないことを。


ほんの僅かな時間なのに忠犬のように待てなかったことを。


それでも絶えず信じてくれることを。


それでも未だにこうして悶々としていることを。


これは、謝ることリスト。


何かを届けるなんてほど遠い、無力で無能の生き方。












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今月、林檎は溺れている。


時間の流れに溺れているようでもあるし、

自分から溢れる感情に溺れているようでもあるし、

誰かに沈められて溺れているようでもある。


どうしてこんなことになってしまったの?

いつもの林檎はどこへ行ってしまったの?














きっかけは些細なこと。

今月は一人の時間が多かった、ただそれだけ。

一人の時間はどうしてもいろいろと考えてしまう。

まして、今までとは全く違う縁を迎えるとなれば。

まして、もうすぐ今までの全てが終わるとなれば。






4年通った大学を卒業するのはもちろん、

4年間の居場所の仕事場から林檎はいなくなり、

所属していたフットサルチームから林檎はいなくなり、

僅かばかり通ったスポーツジムから林檎はいなくなり、

今までの友達が林檎の周りからいなくなり、

そして学生の林檎はいなくなる。






寂しいとは思わないけれど、迎える結末に満足できるのかが不安。

自分のやってきたことに満足できたことなんて一度もないから。


諦めて、

逃げて、

怯えて、

誤摩化して、

取り繕って、

言い訳して、

言い聞かせて、

満足したふりで、

こんなもんだって、

だらだらと過ごしてきてしまったから。










今更悔やんだって遅いよ。

そのくせこれからもがんばらないくせに。

自覚があるくせにだらだら過ごすくせに。























「努力って何なの。」























努力している人ってかっこいいよね。

人一倍輝いて、そして怠け者を晒してみせる。

努力している人って頼れるよね。

人一倍結果を出して、そして敗者を退ける。

努力している人って憧れるよね。

人に好かれて期待されて、無能をより無能にする。






僻みかよ。妬みかよ。

いや、羨望だよ。






















こんなに素晴らしい「努力」だけれど、

自分から努力することってできないんだよね。

いくら頑張っても頑張らなくても、評価するのは他人だもの。

自分から「私は頑張ってます」なんて言う人、大したこと無いもの。

それでも、最終的に自分が努力したと納得するのは自分なんだよ。

とっても理不尽で、とってもつらい。

どれくらい頑張れば、林檎は林檎を認めていいの。






クラスで1番とりました。褒めてくれますか。

学校で1番とりました。褒めてくれますか。

千葉市で1番とりました。褒めてくれますか。

県では…とったことないです。褒めなくていいです。






目標がどこにあれば、自分を認められるの。

だって、上はいくらでもいるじゃんか。

だって、下もいくらでもいるじゃんか。

どこまでたどり着けば、人も自分も、林檎を認めるの。








…わかってるよ。

こんなの甘えだ。

褒めてもらって満足、なんてことあるわけない。

林檎がどれだけ努力したかも知らないくせに。

林檎がどれだけ手を抜いたかも知らないくせに。

偉そうに「がんばったね」なんて言わないでよ。

わかってるよ。

これだって甘えさ。





















自分を認めるのは自分だもの。

だから人に何を言われたいとか、何を言われたとか、

そんなのはどうでもいいんだ。

自分が自分に納得できるか、否か。

ただそれだけだ。



















じゃあせめて、

自分を認める方法を教えてよ、誰か。

林檎を助けてよ。

一生自分を悔やみ続けて、

一生他人を憧れ続けて、

林檎は林檎のために生きられないの?

ねえ、助けてよ。

誰か。