逃げを決めた私をどれほど軽蔑しようとも
君の友人たちの利益と安堵の為に作られた
愚かなシナリオには全くの興味すらないよ。
頭でっかちの君と石の様に硬い私の脳とでは、
どちらが正しいとか間違いだとかの以前に
どちらが適正価格なのかと言う事みたいだね。
君の確信的な偽善の中に残された良心は
やせ細った大根でトマトを叩き潰すような
まるで嗚咽後の爽快感に酷似した悲鳴に聞こえる。
惰眠を貪る私をどれほど非難しようとも
上手にコントロールされた君の狂気は、
何の悲しみも背負わない喜劇にしか見えない。
私の求める「自由」を君は否定するだろう。
だって、君の求める「自由」は、
君の利益に順じているから。
私の求める「自由」を君は否定するだろう。
だって、君の求める「自由」は、
損得勘定から一歩も踏み出していないのだから。
保守的な奴ほど過激に反応する世界だから
形有る利益を得る者が勝者であって、
希望有る将来への投資など愚の骨頂。
笑っているだけで済まされないなら
人を傷付ける機会を待ち続けながら
心の中が愚かに朽ち果てていくがいい。
自ら付けた傷までも他人のせいにする快感は
サディストとマゾヒストの双方から贈られる
歓喜と賞賛と汚れた血と腐った唾液。
薄汚れた廃屋の中の鈍い視神経が、
正確な判断を下す事が出来ない訳じゃないなら
何を必要最低限の基準と定めようとするのか。
君の求める「自由」を私は拒否しよう。
だって、君の求める「自由」は、
あまりにも過激で辛辣だから。
君の求める「自由」を私は拒否しよう。
だって、私の求める「自由」は、
安息と安眠なのだから。
夢にも見る腐乱した自らの姿に酔いしれ
崩壊する自我の中に安楽を求めるのなら
屠畜場の扉の向こう側の現実に触れろ。
喰らわれる為の人生に導かれ喰らい、
泣け叫ぶ声の届かぬ事さえ知らず
生れ落ちたるそのままに喰らい続ける。
自覚する事の恐怖は自覚出来ぬ安楽よりも
安らかに侵食を続け外側から覗き見た狂気など
真実の確認作業と同等の価値しか見出せない。
幻覚の向こうに存在する真実を狂気と名付け、
自覚のこちら側に存在する自らの存在自身に
何の疑問も持たない事が奇跡なのに。