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今日やっと待ち望んでいた

本当に大好きで憧れの歌手

南翔子さんのアルバム

『 FEENA 』 が届きました!

すごく感激です(*≧∀≦)ノ゙


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CDから聴こえる南翔子さんの声

幻想的な音楽と世界観


切ないけど女性らしい強さがあって

キラキラした音の中に華やかさと熱情もあって

南翔子さんの歌声を聴けるなんて本当に幸せ



新しい歌に出会えてすごくうれしいです!!

最近ほんとうに夢中で聴いています。


できれば自分が死んだあとも聴かれ続けてほしいし

私が死んだあと魂の記憶の中にずっと彼女の歌を

歌いつづけていたいです。


生きている間に彼女の生の歌声を聴けないことだけが

残念ですが

いつまでも憧れで大好きな南翔子さんを

忘れないでいたいです。



いまはどこでどのように過ごされているかわかりませんが

南翔子さんがいまも音の世界を楽しんで歌を愛していてくれたら

うれしいです。












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彼が枕元にこういう本を置いておいてくれました。

これは自分が開きたいと思ったときに

好きなページをめくって、

そこに書かれているメッセージが


自分の思考や考えていることに

ヒントを与えてくれる

という感じの本だと聞きました。


だからはじめてひらいてみて

なるほどな、と。

たしかに自分が悩んでいることや

普段から考えていることへ

ヒントというか答えをもらってるような

感覚になりました。



2回目(昨日の夜)に開いたときも

まさに自分がその日に考えていたことが

言葉で現れたみたいで

不思議な氣持ちになりました。


しばらくはこの本を開こうとは

思わないけれど、

いまは悩んでたこととか

心配してることが

自分の別のフィルター越しに

くぐもって感じるようです。


うまく言えないけど

おもしろい体験ができました。



そして彼が教えてくれた動画も
自分にメッセージをくれているようでした。

「サインとシンクロニシティ」
https://youtu.be/Iq4BXkhUgiQ

Hisakiさんの話し方にとても癒されました。
彼にちょっと感謝です。



● おまけ ●

今日電車でみつけた星座うらない
興味深かったので、
写真撮っちゃいました!笑

Zimerman plays Chopin Ballade No. 3


このまえ書いたショパンのバラード3番の物語

私は10月29日のピアノコンサートで

演奏された佐藤展子先生から


この曲の台本となった詩人が書いたお話を

聞きました。

たしか、



ある青年(少年?)が森の中の湖で

美しい女性オンディーヌに出会い恋をします。

オンディーヌは青年の恋心を全然信じていませんでした。


ようは、「どうぜ浮気するでしょ」と思っていたということです。

ですから青年がオンディーヌに、君を愛し続けると誓うよと

約束しました。君はどうだい? と青年が問いかけたので


では、私も自分の命にかけてあなたと結ばれることを誓いますと

答えました。

でもやっぱりオンディーヌはその青年の本心が真実なのか試したくなり


水の精に姿を変えてまた彼の前に現れます。

そうして彼を誘惑するのですが、青年もその誘惑に負けてしまいます。

オンディーヌは水の精からものと姿に戻り、彼へ怒りをぶつけます。


そうして湖の渦の中へ引きずりこんで、

永遠にオンディーヌだけを追いかけるようにしてしまう、と。

そんな感じのお話だと聞きました。



それにかんする自分の感想はこの前書いたので省略ですが、

結末はハッピーエンドではないのに、曲では

明るい終わりで弾かれている、といったところが


それはショパンにとっては喜ばしいことだったのかなと

すこし考えてしまいます。

愛する人だけを追いかけられるなら


まあ、ある意味幸せなことなんだと思いますけど…

曲を聴いてみると本当に不思議です。



昨日、彼に聞いた良いお話。

アメリカの自営しているコンビニかレストランで
ナイフで脅してお金を奪い取ろうとした男性がいました。

店主は銃で「うちの店に何してくれてんだ!」みたいに
その強盗犯に「そんなことやめろ」って説得して、

警察にも強盗の件を言わないから
これもって(50ドルくらい?)渡して
ちゃんと働けといって赦し、その男を逃がしたそうです。


それから何年かしたあと、
その店に例の強盗犯だった男性がやってきて
あの時のお礼といって何倍にもしてお金を返しに来てくれたそうです。


話しを聞けば、生活に困っていてあの時強盗したことを
すごく後悔して、でもそんなことした自分を店主は赦してくれて
お金まで渡してくれて説得してくれたことが

すごく自分を救ってくれたそうです。
それから真面目に仕事をして働いて
立派になって店主の前に現れたという

そんなお話を彼から聞きました。
人の「赦し」はいつでもテーマというか
どこまで人を赦せるのか

そういうことは誰でも直面することだと思うけど
罪を責められることも仕方ないけど
こうやって赦されることで

人は氣持ちを入れ替えることができたり、
人の助けや温かい氣持ちに触れられて
初めて自分も優しくなれんだろうなと感じました。


赦すって氣持ちになれないこともたくさんあると思うけど、
こういう温かい世界がもっと増えればいいのにと思います。
https://www.google.co.jp/amp/s/gamp.ameblo.jp/piano-a-matsumoto/entry-10821753220.html


佐藤展子先生から
バラード3番の物語を
聞いてとてもおもしろかったです。

少年と水の精・オンディーヌ。
内容はリンク先に書いてあるので
省略します。


私がこの曲と物語を想像したとき
感じたことは
やっぱり誓いや約束が消えたとき
自分だったら悲しみが残ると
思いました。


なかなか悲しみが消えなくて
どうしてあのとき誓ったのにって
悔やむんだと思います。

本当に残るものはただそれだけです。
だから誓いや約束をしても
あまり信じて期待するのは
いけないんだなと
頭では氣をつけても


現実そんなふうに独りになったら
泣くと思うし
その感情から自由になるのに
次の人と出会えることは良くても

また悲しみを味わうときがきて
結局永遠に、誓いと悲しみとって
繰り返すんだろうかと
疑問に感じました。





そんなこと考えてるだけで
氣分がどんよりですよ…

曲は素敵なのに
氣持ちは晴れないなんて
イタズラだな~なんて
落ち込みながら聴いていました。


自分が望んでいる
一人の人とずっと仲良くって
願いがこの世界にすんでると
まるで危険な思想のように
歩き出すからそれもなんか
寂しいです

私は自分やパートナーが
歳をとっても互いに手を取り合って
寄り添う覚悟がないなら
付き合うことすら
しなくて良いと思ってる人間なので…

だって町で仲の良いおじいちゃん
おばあちゃんが手を繋いで
ゆっくり信号を渡る姿を見たら
遊びで付き合うなんて
なんか違うって考えさせられます。

そんな覚悟もないのに
人と簡単には接していいわけ
ないんだと感じてるからです。

だから傷つく覚悟も
誓いが消える寂しさも
必要なものなんですね…


でも
せめてこの短い高々100年も
生きるかわからない一生の間くらい
一人の大切な人と最期まで想い合って
生きて死にたいんです本当なら。


もうほぼ祈りです。
最期まで私と一緒にいる時間を
楽しんで好きでいてくれる存在と
出会えますように


誰も悲しい氣持ちになることが
どうかありませんように
幸せが長続きしてほしいです。

せめてこの短い一生くらい
一人の人と
愛し愛され想い続きますようにって


心からいつもそう祈ってます。
自分の悲しみも癒えるので