生死の分かれは

たぶん、自分がこの社会に必要ないと感じたときだと思う


すこし時間が空いてしまいましたが

2023年に植えたいちごの種がその後

どうやって育っているか、書きたいと思います🍓

 

 

 

これが芽が出たいちごです。

たくさん種から植えて育ったのは

5、6個です。

そのうち2つの苗をプランターに植えました。

(別にレモン🍋も種から植えて

育てているので写真残す)

 

 

 

レモンは和歌山県産と愛媛県産?

愛知県産だったか?

の2種を植えて発芽したのが、2、3個です。

 

十個植えて発芽率20、30%ですね。

 

どちらも化成肥料や

液体肥料は使っていません。

ただ工夫したのが土です。

 

土の中に落ち葉と土をミルフィーユみたいな

層に積み重ねた土にして、そこに植えました。

落ち葉は菌糸(白いカビのようなもの)がついた葉を選んで植えています。

 

畑にも同じように菌糸が育つような工夫をして、

野菜作りしています。

 

その後、いちごは夏には花は咲きませんでしたが

ランナーは育ってきました。

 

2023年の11月、12月頃のいちごとレモンの様子です。

 

🍓

 

プランターで育てているいちご

 

畑に植えたいちご

(寒冷紗かけた)

 

レモン🍋

 

 

モバイルからだと画像が大きすぎてアップできないので

あとでパソコンから載せます。

 

 

最近いろいろ読んでいるのですが、

有機肥料など肥料をまくことが

ふつうと思われている慣行農業が

地球温暖化にかなり影響を与えていることがわかりました。

 

だから無肥料・無農薬の農業がいま

必要になってきているんだと思います。

なぜ肥料をまくことが地球温暖化に影響があるのか?

 

植物が必要とする栄養は

よく言われている窒素・リン・カリウム

と思われていますが、実際のところ

それらの栄養分はほんの4%しか必要ではないです。

 

植物が1番必要とするものが

炭素・酸素・水

この3つが1番必要とする栄養分です。

 

土に肥料をまくと窒素過多になってしまう

土の中の菌糸が必要な4%を植物に供給してくれるのに

土に肥料をまくことで菌糸がその肥料を分解する際に、

亜酸化窒素という物質が発生します。

その亜酸化窒素という物質(気体)が

二酸化炭素の310倍の温室効果ガスとなり

温暖化が進んでしまう、という内容を

最近知りました。

 

ざっくりと説明しましたが詳しくはこちら

読んでみてください

https://www.naro.affrc.go.jp/archive/niaes/outline/ghg/ghg_emission.html

 

http://www.spring8.or.jp/ja/news_publications/press_release/2021/210518/

 

 

また不耕起栽培というものが注目されているのも、温室効果ガスになる物質を耕すことで発生させてしまうため

耕さない土に苗を植えることが大切になってきます。

 

でも、最初の年はきっとうまくいかないと思います。無肥料・無農薬で不耕起栽培なんて

ふつうに考えたらそんなに楽で経済的なことはないのに

慣行農業をされている方はきっと何年もかけて土を再生していく、という選択は難しいと感じるかもしれません。

 

私が考えるのは、

土地の4分の1から試してみてはどうでしょうか

土の肥料がなくなり、菌糸が再生できるまで

数年(3年以上)かかると思います。

それまでは野菜も思ったように収量が増えないでしょう

 

生活していくのが大変になってしまいます。

だから土地の4分の1からはじめてみる、

という提案です。

その4分の1だけは

慣行農業のやり方をやめて、

無肥料・無農薬、不耕起栽培を試してみるのです。

うまくいけば4年目あたりで収量が増えます。

そして、収量が増えたと実感できたら

残りの4分の2つめを慣行農業から自然農に切り替えるというやり方が良いのではないでしょうか

 

自然農、自然栽培が注目されてきているのは

体力的にも経済的にも楽だし

虫もつかないし、草も生えなくなる

地球温暖化にも貢献できるという

メリットが多いからだと思います。

 

つづきはまた次回、書きます

 

 

 

 

 

タイトルの通り、

「過去・現在・未来はすべて同時に存在している」という考えを聞いたことがあります。


前回の「君の名は」の感想の

つづきみたいなところがあるので

ネタバレ注意です⚠




◆・―・◆・―・◆・―・◆



タイトルの言葉が本当なら、

君の名は のシーンも

過去と現在というものが同時に存在していた


具体的には、

みつはの世界が過去で

たきの世界が現在(未来)


過去も現在も

レイヤー(次元)がちがうだけで

同時に存在していたから

過去のみつはと

現在のたきは入れ替わるという方法で

疎通ができていた

という風にも考えられた。


過去は未来を知っていて

未来は過去をしっている状態というのは

同時に存在しているからなのではないか、と。


みつは(過去)は未来のたきと連絡をとっていた。

このときのたき(未来)の世界では

すでにみつはは滅んでいる


そして実際にみつは(過去)は

東京に行って、たき(過去だけど現在)に会いに行くと、たきはまだみつはの存在を知らない

未来のたきと連絡を取り合っていたから


この不思議な状態が

タイトルの言葉を想像させずにはいられなかったのです。


そしてもう1つ個人的に感じたことは

その同時に存在している

過去・現在・未来のレイヤー間を行き来できる方法が「記憶」なのではないかなと


記憶が鍵みたいな役割を果たしている氣がした。

むかしこんな記事を読んだことがある


ヤフー知恵袋に投稿されていた記事だったと思う。不思議な体験をされたことがあるか? という質問内容に対しての返答がこういう物語だった。

もしフィクションでなければ

現実に本当にあった話になる。


返答者の不思議な体験は、

私が読んだ内容をざっくりしか覚えていないけど


むかし行ったことのあるお墓を通って宿に泊まるという過去の体験をもう一度

行ってみたくなって、

大人になって一人でそのむかしの記憶がある場所へ赴いた。


墓地を通って、そのときに不思議な女性が一人でお墓にいた、という内容で

返答者は彼女を不思議に思いながらも、

その墓地を通って、むかし泊まったその宿へ今回も訪れた。


宿の方にどうやってここまでいらっしゃったのか、と尋ねられた返答者は

むかし通ったあの墓地を通って今回もここにやってきたと告げると、


宿の方は驚いてこういった

「あそこはもう取り壊されていまは何もない」と

返答者は不思議に思って

たしかにあの墓地を通ってきたんだ、と

答えたが翌朝、

昨日通ったはずの墓地のあたりまできてみると

本当にそこには墓地の跡形もなく、

何もなかった


という内容の記事でした。

私もむかし読んだ記事なのですごく

うろ覚えに書きましたが

もしまたその記事が残っているなら

書かれている内容が

若干違うかもしれません。


ですが、

昨日通ってきたはずのところが

次の日の朝に行ってみるとなかった、

という内容だけははっきり覚えています。


そういう不思議な体験をしたよ、

という内容だったからです。


ここでもなぜその返答者が

現在はあるはずもない墓地を通ることができたのか、と考えると

やっぱりその返答者の方の中にある

「記憶」が過去のその場所の鍵となって

同時に存在している過去の墓地を通ることが

できたんだと思います。


そして塗り変えられた記憶によって

その過去へのレイヤーは閉ざされ、

現在のレイヤーにしか

たどり着けなくなった、ということなのではないでしょうか


そう考えると、

いま私達も本当は過去や未来へ行くことができるという可能性があることになります。


だってすべて同時に存在しているから






今日は初めて「君の名は」という映画を観た。

すごく良かったという感情のほかに

疑問に感じたことを自分なりに考察してみた。


ネタバレになるから

この先読む場合には注意です。




◆・―・◆・―・◆・―・◆











そもそも時間の差がある空間で知り合った

2人の話は、私達が実際に生きている世界と世界のはざまにあるような氣がした。


よく潜在意識がどーのこーのと聞くけど

まさに私たちが見えない部分で起こったできごとの話がこの作品だと思う。


具体的には、

2人の人格が、身体が入れ替わっていた現象というのが、2人の意識していないところで起こっていた現象だとする


だから忘れているけど、どこかで覚えてる

その忘れているけど、何だか氣になる

覚えているという最後のシーンというのが

2人にとっての表面的な時間と世界


だから身体が入れ替わって糸守町を救うという出来事は、2人が意識していない潜在意識の中で起こっていた現象

というふうに私には感じられた


そのみえない潜在意識の世界に焦点を合わせて描かれた作品、という感じがして実に楽しかった


想像がふくらむからだ

もしかしたら私の知らない深層意識の中では

似たようなことが起きているかもしれない

誰かどこか遠くの別の次元の意識と電話するみたいに繋がる事があって


そしていまの私のいる現実の世界へ変化していったきっかけが、把握していない物語が、

私の表面意識では認識できない何かが隠れていたのかも、とワクワクする



そして1番心に残るシーン

あの火山口のふちで、姿のみえない2人が

声をかけあって

同じ空間を交差するシーン

光の輪の中にお互いの存在がたしかに生きている時間を重ねるシーン


そこで疑問に感じたのが、

なぜ別次元にいるはずの2人の’’声’’だけは

認識することができたのか


だって本当なら3年前の空間にいるはずのみつはと、

3年後の空間にいるはずのたき。


同じ場所とはいえ、時間はズレている

そこで2人の声だけは認識できた

その時間がちょうど「片割れ時」という時間だった。


国語の授業のシーンで

「朝でもない夜でもない時間」という

ようなことを先生が発言していたような気がした(うろ覚え)


ということはちょうどその時間は

2つの世界を繋ぐ「はざま」の時間で

もしかしたら片割れ時 もしくは かわたれ時?(彼は誰時)

というのは、そういう時間や空間が曖昧になるエネルギーの流れを持っているのかもしれない

と思った(勝手に)


だから別の次元にいる2人が声も聞けて

出会うこともできたのかもしれない

次元と次元を繋ぐ時間だから

朝から夜へと繋ぐ時間


もともと「声」というものは

次元を越えて何かを届ける能力を持っているような氣もする


物理的には喉が振動して音が出ていると

声になると思うが(ざっくり)振動させるエネルギーはみえない

音が空間を伝うという現象もみえない

声というのはもともとみえない世界の私たちの’’証’’

’’魂の証明’’みたいなもののように感じていて

だから、次元や時空を越えて互いの声だけは

認識することができたのかな、というざっくりしたイメージも湧いてきた


声ってやっぱり不思議だよね

歌もそうだと思う

目に見えない音の世界の作品を時空や次元を越えて現実世界に響かせているわけだから

声というのはそれだけで

私たちがみえない世界と繋がれる唯一の身体の機能?と言っても良いくらいかも

なんてね


書きたいと思った内容はこのくらいかな

あとは頭の中でまだ感動やら疑問やら考察やらが巡り巡ってまだ作品の続きを楽しんでいるみたいなので

自由にさせておきます


素敵な作品をありがとうございました。







 

お久しぶりのブログ投稿です。

最後が2022年2月15日だったから、1年10ヶ月ぶりくらいですか?

約2年ぶりですね。

 

その当時はまだいろいろ悩みも多かったみたいですが

2022年9月に山の中へ引越し、畑体験や山での生活をいろいろ体験させていただきました。

 

その生活の中ですこしずつ心も変化していったようです。

いまは穏やかな毎日だと感じています。

 

最近読んでいる本がおもしろかったので(まだ読んでる途中の本もあるけど)、

記録を残したいなと思って、ブログ書きたくなりました。

 

■1作品目

「希望のイチゴ~最難関の無農薬・無肥料栽培に挑む~」

田中 裕司 さん(著)

 

 

■2作品目

「最強の農起業! ブルーベリー農園で失敗しない農業経営」

畔柳 茂樹 さん(著)

 

 

 

イチゴは自分でも育てているので興味があり読んでみました。

農薬を使わないイチゴの育て方という内容にすごく関心があったので、

読んでみたらとてもおもしろいです。

 

実は実験的にイチゴの種から育ててどれくらいできるかなと、

興味本位でイチゴの種を2023年3月頃に植えてみて、芽が出ました。

そこから夏にかけて成長していき、いまも親株はなんとか生きています。

 

寒い時期に入ってからお仕事で忙しくて別のところへ出張など行っていたので

室内にしまい忘れてしまって、すこし寒さにやられてしまいました。

かわいそうなことをしましたが、なんとかいまは無事に生きてくれています。

 

ランナーから伸びてきた2代目の子達もポットで育て中です。

詳しくは次回書きますが、種から育てる人なんてなかなかいないらしく、

(そう本に書かれていました)そこがおもしろいんじゃないのかなと、個人で育てるのは。

 

 

2作品目は、農業についての考え方がすごく参考になる本でした。

農家の方たちの労働時間の考え方など、たしかに自分が疑問に感じていた答えを

この作品で解明というか、「たしかにそうだな」と共感できる内容が多くありました。

 

それは主にビジネス的な考え方として参考になる部分が多かったということで、

農業で食べていくには大切な考え方だなと感じるものでした。

 

私はいまは個人消費のためにいろいろ実験も交えて野菜を作ったり果物を育てたりしているだけなですが、

そういったことも次回から書いて残せていけたら良いなと思います。

 

次回は、種から育てたイチゴについて何かメモを残していこうと思います。