インド人は妻を総督オウディアスに拉致され、
その妻が死んだことからオウディアスへの復讐を誓う。
インド人には名前が無い・・・
なぜ名前が無いかというと・・・
”インディアン”という言葉の定義が、最初からロイとアレキサンドリアでは違っていて、ファジーなままに物語を紡いでいるから。
ロイはアメリカ人だから
”インディアン”というのはアメリカインディアン、つまりアメリカ大陸のネイティブインディアンを意味し、
アレキサンドリアはルーマニア移民であるので
”アメリカインディアン”をまだ見ていない。
アレキサンドリアのイメージするインディアンは
オレンジ農場で働くシーク教徒のインド人を指す。
そこをわざと曖昧にするべくこの”インド人”には名前がない。
始まりの鉄道シーンにいるのはアメリカインディアンであるし、
最後、果樹園にいるオレンジもぎはインドから来たインド人ということになる。
ロイとアレキサンドリアのイマジネーションは噛みあっていない、というか、映画で描かれるものはアレキサンドリアの視点からのものだ。
ロイのイメージするインド人 ↓
眉を掻く

ターセムはここでred indianという言葉を使っている。
彼らが顔や上半身を赤く塗ったことからそう呼ばれているという。
つまりアメリカ大陸のインディアン。
インド人の”妻”という英単語は”squaw”というアメリカインディアンの女性の呼び名を使っている。
”家”という単語もアメリカインディアンの住居を指す”wigwam”と表現されている。
インド、ジャイプール シティパレスで
アメリカインディアンの単語を使って説明している、って…
これもコミュニケーションギャップ。
