がけっぷちのうつ うつつをぬかしてます -38ページ目

がけっぷちのうつ うつつをぬかしてます

負け犬まっしぐら うつうつだらだら そんなまいにち

怒り&呆れの原因の1つとなった、DVDがなぜか今日届いた。

いや、発売日に届いてくれればよいのよ。

頑張って、発表されている発売日より前(11月からのライブの前)には届けたかったのかな?

そう思ってくれたのならば、嬉しい。


でも、まだあまり観てない。

ドキュメンタリーだと知っているから、そんなにがっついて観ることはない。

裏の彼らも面白い(?)のだろうが、表の彼らが観たい。


彼らの表はライブだろう。ということで、割とのほほんとしている。

次の宇都宮は行けるかどうか(広島・大阪・名古屋は行けない)。

まだ、考えている。こんな私が行ってもよいのか。


昨日のブログを書いて、少し落ち着いた。ずっと言いたかったことだ。


私は、あなたが指定した代金を払い、時間を使う。

あなたは、その金額や時間に対して、誠実に対応するべきだ。


ようは、それだけ。


私自身は、ファンとして新参者で、いつも他の人とのタイムラグをはがゆく感じる。

氷室さんのことも、毅さんのことも、慎也さんのことも。


もっと早く出会いたかった。

もっと早く聴きたかった。

もっと早く観たかった。


同じ人を好きな友達が増えれば増えるほど、自分の年齢や、自分のファン歴の浅さを痛感する。

何も知らない自分に、とても悲しくなる。


ただ、幸いなことに、そういうお友達は、私が知る以前のことを教えてくれる。


昔から知っている、昔から観ている人がとても羨ましい。

でも、その「昔」は、いつのこと?いつから知っていればいいの?


結局、いつでも何でも、出会ったときが、最高のタイミング、なのだ。


氷室さんや毅さんや慎也さんを、違うタイミングで知ったら、好きになってなかったかもしれない。

そう思うと、実に絶妙なタイミングで出会ったのだと思う。


最初の頃は何でもかんでも欲しかったし、観たかった。でも、今は違う。

欲しいものが何なのかわかってきたから。


相手には、遠くで常に輝いていて欲しいのだ。

自分と同じ場所にはいないで欲しい。私みたいな者を知らなくていい、知らないで欲しい。


それぞれのステージで、最高の姿を魅せてくれる。

私はお金を払って、それを買う。それだけの関係。


何かを追い求め始めた時の手探りの状態から、一歩抜け出せた気がする。


私を、しあわせにするのも、怒らせるのも、かなしくするのも、楽しくするのも、

氷室さんであり、毅さん&fringe tritoneであり、慎也さん&スワローズ、なんだ。

愛することに疲れたみたい 嫌いになったわけじゃない (「恋」 松山千春)


そんな、気持ち。


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昨日高崎に行った。久しぶりの、4人。

いろいろあって悩んだけど(後述)、悩んだからこそ、行ってよかった。

ある種の答えが出たと思うから。


私は、基本的に後方でまったり観る。

前でガンガン行くのももちろんいいのだろうけど、少し離れたところにいたいから。

少し離れたところから、なるべくステージ全体を眺めていたい。

(あと、ただ単に、前には常連さんたちが集結しているので、行けないし行かない。)


昨日ももちろん後方でステージや前方のお客さんを観ていた。

会場に確かにいるにもかかわらず、私は、この中にいないのも同然だと強く感じた。

いなくてもいい、いないほうがいい。


ライブは好きだし、楽しい。

でも、私自身は、前でガンガン行くファンにもなれず、かといって、

音楽に精通している人間でもなく、楽器が弾ける人間でもなく、

どうして、ここにいるんだろう?と考え出したら止まらなくなった。


確かに、そこにいる理由は、「好きだから」だ。

ライブがあるなら行って間近で生で聴きたいと思う。


でも、盲目的に愛することが出来ず、冷静に観てしまう自分が、

ここにいてはいけない、そう思ってしまった。

昨日の自分は、ただの傍観者でしかなかった。

ライブに「参戦」してはいなかった。


昨年末から今年に、ライブ以外のことで、ちょっと…と思うことが多くて、

そういう出来事の乱発?に怒りを通り越して、呆れ果てた気持ちになっていた。

それは、ライブには直接関係ないけど、ライブに行くモチベーションは下がったのは間違いない。


バンドとしての活動の核が、曲を作る、ライブで演奏する、ということだとしたら、

CDを売る、グッズを売る、チケットを売る、イベントを企画・実施する、というその周辺部分に粗が目立つ。

曲も好きだし、ライブも楽しい。

でも、粗さが目立つようになって、それを受け入れられなくなった。

あとは、この先、どこへ向かおうとしているのかが見えないのが切ない。


ライブでは客は割と入っているのかもしれない。

でも…いつも見る顔は同じで、だいたい客の立ち位置も決まっていて、

同じ人間が同じ場所にいることが多いのは明白だ。


名古屋に行っても、大阪に行っても同じ人。

全国何処でも、追いかけて行きます!という人が多いのだろう。

自分自身も地方にも行っているので、人のことは言えないし、

それもまた、そうさせる魅力があるのも事実。


ただ結局集まっているのは同じ人間だ。

延べ人数でカウントしたら多いかもしれないけど、

内輪だけで盛り上がっている気がする。

そして、バンドとしてそれで満足しているように見えてしまう。

そういう長く見知った客が多くいるだけで安心していないか?


各個人の歴史は長く深いとしても、バンドとしての知名度や歴史はまだまだで、発展途上にある。

しかし、特にここ最近のライブの様子だと、ずっとライブに行ってた人だけのためのものにみえる。


ずっと、メンバーのAさんが好きだった、Bさんが好きだった、など

その個人が昔から好きで、その人がいろんな活動をする度に熱心に追いかけていた人、

そういう、ずっとその人が好きで追っかけてた人たちが、集まってる。


いろんなルートで新しく個人の存在や、バンドの存在や曲を知って、

観たいと思った人には肩身が狭い感じがする。少なくとも、私は居辛い。

私は、所詮、新参者だから。


内輪で盛り上がって満足なら、ファンクラブでも作って、ファンクラブ会員を対象にライブをやればよい。


そうじゃないはずだ、と思いたい。


嫌いになったわけじゃない。でも、少し突き放して、観たい。


大好きだからこそ、その先が欲しいのだ。

何をどう考えて、どこに行こうとしているのか。


近くなくていい。いつまでも遠くにいて欲しい。

ライブハウスという場所は、近くて苦しいから、少しでも後ろで観る。

そうでないと、盲目的になってしまうから。

何でも受け入れる「信者」にはなりたくない。

積もるせつなさは 罪じゃない
(氷室京介 「Silent Blue」)

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二泊三日の札幌遠征が終わった。

行きの逸る気持ちが幻だったかのように、
帰りのリムジンバスの中は落ち着いている。


2日間のライブは、7列目・10列目と好位置での参戦。
各個人もステージ全体も堪能。


氷室さんのMCに考えさせられたライブだった。


過去は過去でしかない。
後ろを見てばかりではどうしようもない。
前を見て、先に進まなければ。

こんな内容だった。
(一言一句覚えているわけではないので、あくまで要約)

私は過去に囚われて、後ろを見て、悩み苦しんでいた。

でも、もし、あの時ああしていれば、こうしていれば、
そう思っても、過去は変わらない。


今から、これから、何をすべきか、何をしたいか、
何が出来るか、前を見るしかない。


前と言っても、何年も先のことは検討がつかない。
だから、せめて今年度中の自分の生き方を考える。


仕事をする
ライブに行く

この2本を柱に、何をすべきか、何をしたいか、何が出来るか、きちんと考えよう。


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このツアーで「Silent Blue」を聴く度に、切なくて、苦しくなる。

何かを好きになる、というのは恋だ。
その恋は、他人からみたら滑稽で見苦しいかも知れない。
その恋は、誰かに嫌な思いをさせるかも知れない。

それでも、相手への思いが抑えられない。
ただ、その気持ちが相手に伝わる必要はない。

そんなことを思いながら、たくさんの恋(という名のファン)をしている。


ライブに複数行くと、他人からは大抵「すごいね」と言われる。
ただし、呆れ果てた感じで。

私は、自分の好きな人を観たい(聴きたい)だけなのに。


現実の男女の恋愛ではないし、
この恋は、相手が自分を愛してくれるという意味では、
決して報われることはない。


それでも、十分に幸せなのだ。


帰宅したら、現実が待っている。
明日からは仕事に専念しなければ。
だからこそ、今日だけは、余韻に浸ろう。
甘い逢瀬(ライブ)の名残に。