ライブに行くことをやめることを決めた後、慎也さんの引退があって、
音楽も野球も失ったんだなと、喪失感でいっぱいになって、放置してる。
ライブ関係で書くこともないので、もうこのままでいいかなと。この先、年内は行かない予定。
ここ最近はライブに行く意味がわからなくなってた。
特に、新アルバムが発売してからは、その曲たちが「私の好きなものではない」ことを確かめるために行っていた。
楽しもう!とか好きだ!とか思えなくなっていて、ダメなんだなと思った。ここが潮時だと。
この11年、ありがとうございましたという気持ち。
それ以上でもそれ以下でもない。
正直、今は、バンドについて、ライブについて、曲について、何も考えたくない。
10月4日。
引退試合という最後の最後になって、もっと観に行けばよかったという後悔ばかり。
ショートにいる慎也さんを観て、打席に立つ慎也さんを観て、ぼろぼろ泣いた。
15年間心から好きだった人が、いなくなってしまう現実を受け止めながら、
雨に濡れながら、ただひたすらにその姿を目に焼き付けていた。
失ってからその大切さに気付く。
今、ライブに行かないことが、惜しいことをした!と思える日が来るなら幸せだと思う。
もしかしたら、ライブもまた行くようになれるかもしれない。もう失って辛く苦しくなるのは嫌だ。
でも今は、ライブに行くことが辛く苦しい。新しいアルバムを好きになってないから。
だから今は行かない。
それだけ。
一部報道に出ましたが、東京ヤクルトスワローズ宮本慎也さんが今季限りで引退とのことです。
**********
私に、野球への「道なき未知」を示してくれたのが、慎也さんでした。
幼い頃は野球に興味がなかったです。
野球中継のせいで観たいテレビ番組が観れないことを疎ましく思っていました。
ピッチャーは速いボールを投げればいい、バッターはホームランを打てばいい、
そんな風にしか思わなかったのです。
高校生になって、初めて神宮球場で野球を観て、「守備」があること、を知りました。
この時一緒に行った同級生に「宮本さんって守備が巧いんだよ」と言われ、
「守備が巧い」ということが野球を観るポイントのひとつであることを、知りました。
そこから、少しずつ野球を観たいと思うようになりました。
まだ若かった私は、一人では野球を観に行くことが出来ませんでした。
大学生になった頃、インターネットが普及してきて、慎也さんのファンの方のHPに出会い、
スワローズのファンの方々の集うHPに出会いました。
そして、慎也さんファンの方々と一緒に、神宮で観戦をさせていただきました。
これをきっかけにたくさんの人に出会い、球場に行くのが当たり前になりました。
神宮だけではなく、地方球場に観戦に行くことが出来たのも友人たちのおかげです。本当にありがとうございます。
幸いにも、大学生の時には、リーグ優勝、日本一も、目の前で観ることが出来ました。
しかし、就職したことで生活が変わり、野球を観に行く機会は格段に減りました。
この頃氷室さんのライブに行ったことがきっかけで、ライブに足を運ぶようになったこともあり、ますます行かなくなりました。
私なんかが観に行かなくとも、当たり前のように試合に出て、犠打を打って、守備をしているはずだと思っていました。
今季のチームの成績ではますます引退が遠くなったと、高を括っていたところの報道で正直動揺しています。
監督の胴上げのためにもう1年いるはずだ、いて欲しい、そう思っていましたから。
年齢だけ見れば、引退しても当然です。でも、今のスワローズには慎也さんの後継者はいません。
誰一人とっても、後継を名乗るにふさわしい選手はいないです。
内野の不安定さを危惧しているのは、誰よりも慎也さん自身ではないでしょうか。
慎也さんという内野手がいたからこそ、後進を育てきれなかったチーム全体の責任でしょう。
古田さんの引退の時と同じように、大きい存在の後に据えられる人は、
どんな素晴らしい人であっても、物足りない気持ちになります。
今はひとりでいると、ふっと新聞の1面を思い出し、泣いてしまいます。
泣く自分を、私は久しぶりに、そんな自分自身を、愛おしく思います。
慎也さんを失う自分のために泣く自分を、ただひたすら受け止めます。
決して笑顔では別れられません。
新聞見ただけで泣いてしまうのに、明日の会見が怖いです。
音楽のように、自分から見切りをつけることも出来ません。
音楽は聴かなければ、それで関係を清算することが出来ます。
私が手放すのではなく、相手に手放されることの苦しさを、涙を流すことで癒していきます。
また陽が昇るのか、私にはやっぱりわかりません。
今は天岩戸が隠れてしまったように、自分の気持ちは暗く沈んでいます。
私にとっての「果てしない空」は、いつまでも、神宮から見る空でした。
胸を張って、慎也さんのファンだと言えたこの15年。本当に大切な日々でした。
ただ、心からの感謝を胸に。
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私に、野球への「道なき未知」を示してくれたのが、慎也さんでした。
幼い頃は野球に興味がなかったです。
野球中継のせいで観たいテレビ番組が観れないことを疎ましく思っていました。
ピッチャーは速いボールを投げればいい、バッターはホームランを打てばいい、
そんな風にしか思わなかったのです。
高校生になって、初めて神宮球場で野球を観て、「守備」があること、を知りました。
この時一緒に行った同級生に「宮本さんって守備が巧いんだよ」と言われ、
「守備が巧い」ということが野球を観るポイントのひとつであることを、知りました。
そこから、少しずつ野球を観たいと思うようになりました。
まだ若かった私は、一人では野球を観に行くことが出来ませんでした。
大学生になった頃、インターネットが普及してきて、慎也さんのファンの方のHPに出会い、
スワローズのファンの方々の集うHPに出会いました。
そして、慎也さんファンの方々と一緒に、神宮で観戦をさせていただきました。
これをきっかけにたくさんの人に出会い、球場に行くのが当たり前になりました。
神宮だけではなく、地方球場に観戦に行くことが出来たのも友人たちのおかげです。本当にありがとうございます。
幸いにも、大学生の時には、リーグ優勝、日本一も、目の前で観ることが出来ました。
しかし、就職したことで生活が変わり、野球を観に行く機会は格段に減りました。
この頃氷室さんのライブに行ったことがきっかけで、ライブに足を運ぶようになったこともあり、ますます行かなくなりました。
私なんかが観に行かなくとも、当たり前のように試合に出て、犠打を打って、守備をしているはずだと思っていました。
今季のチームの成績ではますます引退が遠くなったと、高を括っていたところの報道で正直動揺しています。
監督の胴上げのためにもう1年いるはずだ、いて欲しい、そう思っていましたから。
年齢だけ見れば、引退しても当然です。でも、今のスワローズには慎也さんの後継者はいません。
誰一人とっても、後継を名乗るにふさわしい選手はいないです。
内野の不安定さを危惧しているのは、誰よりも慎也さん自身ではないでしょうか。
慎也さんという内野手がいたからこそ、後進を育てきれなかったチーム全体の責任でしょう。
古田さんの引退の時と同じように、大きい存在の後に据えられる人は、
どんな素晴らしい人であっても、物足りない気持ちになります。
今はひとりでいると、ふっと新聞の1面を思い出し、泣いてしまいます。
泣く自分を、私は久しぶりに、そんな自分自身を、愛おしく思います。
慎也さんを失う自分のために泣く自分を、ただひたすら受け止めます。
決して笑顔では別れられません。
新聞見ただけで泣いてしまうのに、明日の会見が怖いです。
音楽のように、自分から見切りをつけることも出来ません。
音楽は聴かなければ、それで関係を清算することが出来ます。
私が手放すのではなく、相手に手放されることの苦しさを、涙を流すことで癒していきます。
また陽が昇るのか、私にはやっぱりわかりません。
今は天岩戸が隠れてしまったように、自分の気持ちは暗く沈んでいます。
私にとっての「果てしない空」は、いつまでも、神宮から見る空でした。
胸を張って、慎也さんのファンだと言えたこの15年。本当に大切な日々でした。
ただ、心からの感謝を胸に。
いつだって 繰り返し象った 行き先は知れずとも
ただ偶然に ただ偶然に あの日出会った様に
いつか 分かれてく 道の上で 互いに背を向けても
また来る日を奏でながら ずっと 歩いていく それだけ
「Crossroad」fringe tritone
もう、私の眼は曇ってしまった。
**********
●2013.7.26 新宿TOWER RECORDS新宿 インストアイベント
fly away
フェイクブラボー
夏色
CALL YOUR NAME
川崎と同じ。
その後タワレコ新宿店で購入した人は、サインしてある紙をスタッフから受け取り、
メンバーと握手をするという流れのようだった。(他人事)
●2013.8.9 ell.SIZE
spiral
閃光
Naked
transparency
Communication
夏空
二輪の花
フェイクブラボー
COLORFUL HIGH
Crying Crimson
everblue
en
Here
CALL YOUR NAME
特記事項なし。
新興宗教の集会のようなライブだった。
**********
ほんの偶然で知った、本田毅という人。
その人を通して知った、fringe tritoneというバンド。
2003年、出会ってしまった。
私は岐路に立った。
そして、fringe tritoneを選んだ。
気がつけば、当たり前のようにライブに行くようになり。
気がつけば、東京以外の地にも出没するようになり。
10年という年月は、私を大人にもしたし、子供にもした。
ただ、そこにある声を、曲を愛し、聴くことが全てだった。
ただ、ひたすらに、その幸せの瞬間を求めていた。
そのために、どこへ行くのも、時間を使うのも、お金を使うのも厭わなかった。
それが私の日常だった。
何かを好きになるのも、嫌いになるのも、ほんの些細なきっかけに違いない。
好きになったから、ライブに行った。ただそれだけのことだった。
今度もそうだ。
嫌いになったから、ライブに行かない。ただそれだけのこと。
嘘。
嫌いにはなれない。愛すべき曲は、今手元に、頭に、確かに存在している。
でも好きではいられない。今回の「11」というアルバムで、私はまた岐路に立った。
そして私は違う道を歩むことを選んだ。
いつか交差する日が来るかもしれない。
また来る日があるのか、私には見えない。
ただ偶然に ただ偶然に あの日出会った様に
いつか 分かれてく 道の上で 互いに背を向けても
また来る日を奏でながら ずっと 歩いていく それだけ
「Crossroad」fringe tritone
もう、私の眼は曇ってしまった。
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●2013.7.26 新宿TOWER RECORDS新宿 インストアイベント
fly away
フェイクブラボー
夏色
CALL YOUR NAME
川崎と同じ。
その後タワレコ新宿店で購入した人は、サインしてある紙をスタッフから受け取り、
メンバーと握手をするという流れのようだった。(他人事)
●2013.8.9 ell.SIZE
spiral
閃光
Naked
transparency
Communication
夏空
二輪の花
フェイクブラボー
COLORFUL HIGH
Crying Crimson
everblue
en
Here
CALL YOUR NAME
特記事項なし。
新興宗教の集会のようなライブだった。
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ほんの偶然で知った、本田毅という人。
その人を通して知った、fringe tritoneというバンド。
2003年、出会ってしまった。
私は岐路に立った。
そして、fringe tritoneを選んだ。
気がつけば、当たり前のようにライブに行くようになり。
気がつけば、東京以外の地にも出没するようになり。
10年という年月は、私を大人にもしたし、子供にもした。
ただ、そこにある声を、曲を愛し、聴くことが全てだった。
ただ、ひたすらに、その幸せの瞬間を求めていた。
そのために、どこへ行くのも、時間を使うのも、お金を使うのも厭わなかった。
それが私の日常だった。
何かを好きになるのも、嫌いになるのも、ほんの些細なきっかけに違いない。
好きになったから、ライブに行った。ただそれだけのことだった。
今度もそうだ。
嫌いになったから、ライブに行かない。ただそれだけのこと。
嘘。
嫌いにはなれない。愛すべき曲は、今手元に、頭に、確かに存在している。
でも好きではいられない。今回の「11」というアルバムで、私はまた岐路に立った。
そして私は違う道を歩むことを選んだ。
いつか交差する日が来るかもしれない。
また来る日があるのか、私には見えない。
