1976年全米2位(Wild Cherry の "Play That Funky Music" に阻まれて1位獲得はならなかったが、イージーリスニングチャートでは1位)、全英26位、カナダで5位、日本ではオールジャパンポップ20で8位。1970年代に流行ったソフトロックの代表的なナンバーの一つ。England Dan & John Ford Coley は、1970年代初めに A&M Records から2枚のアルバムと2枚のシングルを発表し、このうちシングル "Simone" は日本で大ヒットした(オールジャパンポップ20で6位)ものの、アメリカではいずれもパッとせず、契約打ち切りの憂き目を見ます。しかし、この曲に出会った彼らは、めげずにそのデモテープを作りレコード会社を回って売り込みを行います。Atlantic Records の副社長室でデモテープを聴かせたとき、隣の部屋で壁越しにそれを聴いていたのが Atlantic の子会社 Big Tree Records の創業者 Doug Morris でした(彼はその後、Atlantic、Warner Music、Universal Music Group、Sony Music Entertainment 等の社長やCEOや会長を歴任した業界の大物)。Atlantic が England Dan & John Ford Coley との契約を見送ると、Morris は「うちで契約したい」と言ってオファーを出し、彼らは首尾よく Big Tree との契約に漕ぎつけてこの曲をリリースすることができました。そして見事ミリオンセラーに輝く大ヒットとなったのです。
England Dan & John Ford Coley はさらに3曲の全米トップ10ヒットを放った後、1980年にコンビを解消しましたが、後にそれぞれがこの曲をリメイクしています。
England Dan こと Dan Seals は Seals & Crofts の Jim Seals の弟で、ソロ転向後は本名で活動しました(2009年逝去)。ちなみに、「England Dan」というのは彼の子供の頃のあだ名で、Beatles の熱狂的なファンであった彼はイギリス風のアクセントをよく真似していたので、アニキの Jim によってつけられたのだそうです。
こちらは John Ford Coley のバージョン。
もう一つ、Barry Manilow によるカバーも。
