1961年全米4位(R&Bチャートでは1位)。Ben E. King はこの曲を Drifters のために書き、自分で歌うつもりはなかったのですが、Drifters がパスしたため、自らレコーディングしたということです(異説あり)。1986年、同名映画とリーバイスのCMで使用されたことで再発売されて全米9位に登り、2度のトップ10入りという偉業を達成しました。イギリスでは61年には最高位27位にとどまったのですが、再発盤は主にリーバイスのCM効果により87年に No.1 を獲得し、ミリオンセラーとなりました(さらに、アイルランドとカナダでも1位、西ドイツで2位、スイスで3位、オランダとオーストリアで7位、日本ではオリコンの洋楽チャートで1位)。

 

400を超えるカバーがあるそうですが、オリジナルも含めてベストはこれ(異論は許さない)。

 

 

1975年全米20位、全英30位。信じられない成績だけど、チャートの順位なんて所詮大した意味はない。

 

 

Paul もカバーしています(お遊びですが)。

 

 

そして、1974年3月28日に行われた John と Paul によるセッションより(Beatles 解散後、この二人による最初で最後のセッションといわれている)。

 

 

John がプロデューサーを務めた Harry Nilsson のアルバム "Pussy Cats" のレコーディングをしていたスタジオに、なんの前触れもなく Paul と Linda が現れたことから、ジャムろうということになって、近くのスタジオでアルバム "Fulfillingness' First Finale" のミキシングをしていた Stevie Wonder も参加してこのセッションが実現したとのこと。ただ、みんなアルコールとコカインでできあがっていたため、ほとんどカオスです(笑)。なお、Paul はなぜかドラムスを担当(Nilsson の前記アルバムのレコーディングには Ringo も参加していたが、Paul が立ち寄った時には既に帰った後だった。もし Ringo が帰っていなかったら、と思うと、残念至極である)。

 

最後は Julian Lennon によるカバー。