1956年全米1位。いうまでもなく Elvis Presley にとって最初の全米 No.1 ソングであり、Beatles、Rolling Stones、Led Zeppelin をはじめとする多くのアーティストに多大な影響を与えました。作者の Mae Boren Axton と Tommy Durden は、ある男が「I walk a lonely street.」という書置きを残してホテルの窓から飛び降り自殺したという新聞記事を読んでインスピレーションを得てこの曲を書いたそうです。Axton がこの曲のデモテープを Presley に聴かせたところ、彼は何度も「もう一度」とせがみ、10回聴いて覚えてしまったんだとか。

 

 

 

1971年全米1位(Temptations の "Just My Imagination" を蹴落として6週間トップの座を守った後、Rolling Stones の "Brown Sugar" にその座を奪われたが、ミリオンセラーとなった)、全英24位、カナダで1位、オーストラリアで8位、日本ではオールジャパンポップ20で1位。もともとこの曲はアメリカのカントリーシンガー Hoyt Axton が子供向けのアニメ番組のために書いたものですが、その番組の制作が取りやめとなったため、Three Dog Night とツアーをした際に彼らに聴かせたところ、三人のメインボーカルのうち Chuck Negron がこの曲を気に入って(他の二人は気に入らなかったが)レコーディングすることとなったそうです。その結果、バンドにとって2曲目の全米 No.1 ソングとなりました。

 

 

 

さて、なぜこの2曲を同時に取り上げたかというと、"Heartbreak Hotel" の作者の一人 Mae Boren Axton と "Joy To The World" の作者の Hoyt Axton は、ラストネームが同じことからおわかりのように、母と子の関係にあるからです。彼らは、ライターとしてそれぞれ全米 No.1 ソングを獲得した最初の母子ということになりました。ちなみに、"Heartbreak Hotel" は1956年の、"Joy To The World" は1971年の、それぞれの年間チャートでも1位を獲得しています。