石川明人『キリスト教と戦争』(2016年・中公新書)によると、「人や社会が武力の行使を決断する際には、しばしば次のような三つの先入観が強く働いていることが多いと考えられる」(強調付加)そうである。その「三つの先入観」とは次のとおり。

①諸悪の根源は外来的なものである

②悪は常に意図的である

③今は特別な時代である

 

さらに同書は「これら三つの心的傾向は、反戦平和主義者にも当てはまる。すなわち、①戦争は一部の邪悪で好戦的な連中によって引き起こされるものだ、②彼らは自覚的・意図的に社会を戦争に引きずり込もうとしている、③特に今は、そうした勢力が大きくなっている危険な時代なのだ、というものである。今は一歩間違えれば戦争になってしまう、そんな危うい時代なのだ、今こそ立ち上がらねばならないのだ、という危機感と使命感は、善良な人々の心を躍らせ、平凡な日常に彩りを与えてくれる。平和運動もまた、日常の倦怠からの『癒し』として機能し得るのである」という、極めて的確な分析をしている。

 

昨年の安保法制に対する反対運動は、どこか祝祭めいたムードを伴うものであった。つまり、①「邪悪で好戦的な」アベとその一味が、②「自覚的・意図的に社会(=日本)を戦争に引きずり込もうとして」いて、③今は「そうした[アベのような]勢力が大きくなっている危険な時代なのだ」という独断と偏見に基づき、「今こそ立ち上がらねばならないのだ、という危機感と使命感」に自己陶酔した「善良な人々の心を躍らせ、平凡な日常に彩を与えてくれる」ものだったのである。そして、その反対運動においては、安倍氏に対する聞くに堪えない罵詈雑言が浴びせられたのであるが、これも同書によると「総じて人は、『悪』を意識している時よりも、『善』を意識している時の方が、凶暴になり、他者を傷つけることをためらわないものである」とのことであるから、何ら不思議ではないということになる。

 

私は別に安倍氏の支持者ではないが、このような独りよがりの幼稚な思考しかできない連中のやり玉に挙げられた安倍氏はいい面の皮と、ご同情申し上げるほかない。特に、「日本を戦争に引きずり込む」というが、一体どのような戦争に引きずり込むというのか。アメリカの戦争だというのであれば、オバマ氏は既にアメリカは世界の警察官ではないと述べて従来の如き武力行使は行わないという意向を表明しているし、基本的に同じ立場に立つトランプ氏が共和党の大統領候補となったという事実に鑑みれば、この考え方はアメリカにおいて広くコンセンサスを得ているものと考えられるので、全く現状認識を誤ったものというほかない。では、日本が独自に戦争をするとして、どのような戦争をするというのか。かつての「大東亜共栄圏」の夢よ再び、とばかりに中国や東南アジアに侵攻するというのか。「アベとその一味」であれ、他の誰であれ、そのような妄想を抱いている者がいるなどと真剣に考えているのであろうか。

 

このように、何らの根拠もなしに不安を煽り立てるという極めて低劣な手法が、それでもなお一定程度支持を集め得るという衆愚的状況には暗澹たらざるを得ない。安保法制、とりわけ集団的自衛権の行使に反対するのであれば、きちんと根拠を示してその問題点を明らかにして正面から議論すべきであり、それをせずに徒に不安感を煽り立てるだけのやり方には怒りを覚える。それはあまりにも人を愚弄するものだからだ。

 

彼らがやっていることは自瀆行為でしかない。それはそれで結構だが、マスターベーションがしたいのなら、どうか人前ではなさらぬように。老婆心ながらご忠告申し上げる。