滋賀のいじめの問題で教育委員会が隠蔽体質を曝け出しているけれど(隠蔽を曝け出すって皮肉ですねえ)ああいう組織の中に自分がいたら、その体質を内部からカムアウトできるかと言ったら簡単ではないのだろうなと思った。
現在の彼らの対応は正直、ひとでなしであるし、ろくでもないと思うが、組織の論理というもので握りつぶされているケースは多々あるのだろう。結局、加害者の人権というものを錦の御旗にして、隠蔽を正当化したがる人たちは根絶されることはない。未来のある少年たちを守るという名目で、誰かの未来を奪った人たちを庇うという皮肉なケースがこれまでも何度もあったはず。
いじめは最低な行為である。いじめられる方にも問題があるという論理は全てが否定されるべきではないだろうが、かと言っていじめを肯定する免罪符になど到底ならぬのだ。
一方で、現在はネット内で加害者少年及び、担任だと思われる人たちの名前や写真が公開されている。毎回思うのだけれど、もしそれが勘違いで全くの別人の写真だった時にその責任はどうやって取ればいいのだろうか。義憤に駆られての行為である場合もあるだろうし、法や権力が悪(あるいは加害者)を裁かないのならば、私刑を与えようと思う人達がいるのかもしれないが、行き過ぎればそれはとても危険な行為になる。
同時に、その行動がネット規制の正当化を権力に与えることにもなりかねないという不安が自分にはある。
罪と罰のバランスがフェアに行われているのであれば、こういう行動は起こらないのではなかろうか。機能不全を起こしている組織の腐敗に対して、匿名の人たちがNOという行動を起こすこと全てを自分は否定しないけれども、それが過激化していくと危険な気がする。
ただ、あの市長な。あれは最低だわ。組織の長として、後から涙を流してそれで済ませようという心根(と俺は感じた。操作打ち切らせてなにいってんだよと)の癒しさに寒気がする。
教師の権限はどうなんだろうな。今ですらモンスターペアレンツうんぬんだの、体罰云々の問題で縛られている教師がさらに萎縮するようなことにならねばいいのだが。現場の教師が置かれている状況の改善も同時にしないと、こういう問題はどんどん増えていくような気がする。
表沙汰になったのが、今回の滋賀の問題で、本当はもっとたくさんの悲しい出来事が起きているんだろうけどな。