糸をたどるだけの好奇心 | 透明な濁り Transparent impurity

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カントリーだとかブルースを聴くようになってからは、自分もおっさんになったなーと思うようになった。
もちろん、例外として若い頃からブルースやカントリーを愛聴している人もいるのだろうけれど、ジャズに比べると、それらのジャンルは歳を重ねなければ分からないもののように思う。

カントリーソングがただ陽気なだけの音楽だと思っている人も少なくないだろうしね。あの陽気さの背景にあるものがなんなのかとか、ブルースが何故あれだけシンプルでありながら人の心を揺さぶるかってのは、結局のところ自分も人生経験を積み重ねなければわからないような気がする。


子供の頃は塩辛や刺身がそんなに好きではなかった人が、歳を取ることによって味覚が変わってそれらを美味しいと感じられるようになるのと同じで、音楽の好みも年齢を重ねたり、様々な音楽を聴いていくことによって変わっていく。音楽の場合は自分の好きなミュージシャンが最近聴いているアルバムとして紹介している別ジャンルのアーティストの作品からそのジャンルを知っていくことも多いし、リンクしてリンクして、気がつけば以外なジャンルのアルバムも聴くようになっているなんてのはよくある話である。


ま、日本の田舎に住んでいるとカントリーの乾いた感じの音のリアリティなんてのはさほど実感できないのだけれどもね。アイダホで聴くカントリーと関東の田舎で聴くカントリーが違いがあるように、自分の住んでいる田舎で聴くカントリーもまた違った聴こえ方をしているのだと思う。土着的な音楽が世界に受け入れられていくってのも逆説的で面白いなあと思うけれど。


多分、自分はニール・ヤングとノラ・ジョーンズを聴かなければ、あるいはトム・ウェイツを聴かなければカントリーなんて興味がなかっただろう。あ、ロス・ロボスもそこか。いずれにしても、ロック寄りジャズ寄りなカントリーソングからそれを聴くようになったってことだ。


多分なんでも同じで、色々なものが影響しあってできあがった世の中のご縁の糸を辿って行くと、また新しい発見に出くわすんだろうな。その糸をたどるだけの勇気と気力があれば、人生はもっと楽しくなるのかもしれない