物は言いようで、、、
超高齢者の私にとって、改善、とか向上とかのポジティブな表現とはまったく無縁である。体力、気力ともに退化の一途をたどるさまをなすすべもなく、実感させられる毎日である。
体の不調を医者に訴えても、もうお年ですから、と妙な言い方で納得させられる。この殺し文句で体よくあしらわれると、返す言葉もなくなってしまう。かく
して体の不調も、もう年だからと我とわが身に言い聞かせ、我慢するしかないのだ。
それにしてもせっかく生きているのだから、多少なりとも重力に対抗して、せめて体力、気力ともに現状維持を目標に頑張ってみるのだが、一向に成果がみえず、孤独な戦いにも限度がある。
そんな落ち込む一方の私の耳に聞こえてきたのは、一筋の光明のごとき福音だった。
曰く、昨日できたことが今日もできたら、それは前進である、と。
つまり、昨日と同程度の体力、気力が維持されていれば、それは明らかに向上なのだ、と。
考えてみれば、
重力に対抗して現状を維持するだけでもたいへんなエネルギーを要するわけで、もしも重力に対抗する必要が無ければ、そのエネルギーを他の用途に使用できるはずだ。例えば、体力の向上などなど。そのように考えると、私のような高齢者は通常のスタートラインからははるか後方からスタートせざるを得ないのだ。
つまり、後方からのスタートという現実を考慮すれば、私のような高齢者の報われない日々の地道な努力を再評価すべきであり、自分自身の努力を誇らしく思い、それを励みに継続は力なりを座右の銘として地味な努力を継続して行こうと我とわが身に誓っている。