人に歴史あり、とは昔から言われてきたが、単に人ばかりではないのでは?
部屋の片隅の棚の上に置かれた黒い物体、今でこそ、沈黙を貫いているが、かつては外界との連絡に必要不可欠の魔法の通路だった、
思い返せば、この電話機や電話という通信手段には激変とも言える技術の進歩により、現在の日常生活に不可欠のツールになったのだ。私自身もその長い歴史を見守ってきたのだと思うと、感慨い深いものがある。おぼろげな記憶をたどりながら思い返してみると、私が始めて電話機なるものに出会ったのは、はるか昔、昭和
五、六年頃だったと思う。その得体の知れぬ木箱のような物体は、うす暗く、長々と続く廊下の突き当たりの壁に取り付けられていた。たまに家中の静まり返った空気を振動させるようなけたたましいベルの音が鳴り響く。母親はあわてて木箱に顔を近づけ、大声でしゃべっている。又、ある時は、木箱の横のハンドルをぐるぐる回しながら、もしもしと大声で叫んでいる母親。なんとも奇妙な光景だった。その物体は、私が背伸びしても届かず、自分で確ることさえ出来なかったのだ。
その後、無常にも時間は粛々と流れ、私自身も戦時中の過酷な日常に生き延びるだけで力つきるような暮らしを送る中で、電話のことを思い出す余裕もなかった。
その上、猛烈な大空襲により、我が家は一瞬のうちに灰塵と化し、あの電話機も我が家徒ともに一握りの灰と化した。敗戦後もホームレス状態の年老いた父母と私には電話のことなど思い出す余裕すらなかったのだ。
あの交換手の力を借りなければ相手とつながることが出来なかった時代の手回し式のハンドル付きの電話機は何年ごろまで使われていたのかは、全く不明である。
第一、固定電話の記念すべき初めての電話機として人々のお茶の間にデビューしたダイアル式の黒電話機が人々の日常生活に定着したのだが、そのきっかけとなったいわゆる権利争奪戦の現場を経験した人はまれであろう。
そこで、ページを新ため、今となっては神事られないような権利争奪の生ナマしい現場を記しておこうと考えている。