以下はつい二日前に体験した空白の数時間、実際に体験した恐怖の記録である。
今になって思い返してみると、それは認知症を患う高齢者が一人で外出し、徘徊した結果、迷子になるケースに酷似している。
この恐怖体験の発端は、去る金曜の午後四時前後、訪問リハビリのスタッフを玄関まで見送り、まだ夕食の支度に取り掛かるには早すぎるので、それまでは自由時間を楽しむつもりで、ベッドでごろごろしようと考え、ベッドを探した。日常的にほとんどの時間をベッドの上で費やしているのに、そのベッドに到達できないのだ。この時点で、パニックになった私は、一刻も早く、自分の行動範囲の基点、つまり居室の食卓に向かって置かれたイスにたどりつきたかかった。そこを基点としていつものようにベッドに向かえば、途中で迷子になるなどはありえない、と確信していたのだ。
実は、この集合住宅が完成した時点から、私は入居しているから、かれこれ二十三年以上ここに住んでいることになる。公称3ldkではあるが、限られた床面積にこれだけの間取りを確保するのだから、デッドスペースなど存在できるはずも無く、その設計力には驚嘆するばかりなのだが、この家の中で、迷子になり、しかも十時間以上も迷路から出られず、もがき苦しんでいたなど、自分自身でさえ、信じられないのだ。
この恐怖の数時間について、疑う余地の無い事実は、金曜日の午後四時半から翌日一時半、この一時半が午前か午後かは、救出された時点では理解不能だったのだ。恥ずかしい話だが、私の頭の中では、その一時半は翌日の午後を意味するのだとしか思いつかなかったのだ。だとすれば、翌日、土曜の午後だとすれば、約束のヘルパさんは本人と連絡できず、さぞ困らせただろう、とお詫びの文言などかんがえていた。
救急隊の人が私をベッドに寝かせ、安心してゆっくり休むよう言い残し、去っていった後、私は現時点での時間を確かめようとラジオをつけてみた。ラジオから流れてきたのは、日ごろ親しんでいる深夜放送の番組に相違なかったのである。そこで初めて、一時と言うのは日付が改まった、つまり翌日の午前一時、土曜の早朝、これから土曜日が始まるのだ、と納得。
その時点で、初めて安心して熟睡し、土曜日はいつものように、起床し、ルーティンに従った日常を取り戻せたのだった。
今になって、思うことは、おそらく玄関先で、お見送りをした後、真後ろの方角に歩けば、いやでも元の場所に行き着くはずなのだ。そこで考えられる事件は、体の向きを変えた時点で、気を失い、床に倒れこんでしまった、その後、迷路に迷い込み、さまよい歩いたというのは、実際に私がさまよったのではなく、すでにワープした状態の妄想だと考えれば説得力があるのだが、勿論、何の証拠も無いのだ。
この空白の数時間のことを思い出すたびに、真相を知りたいと心から望んでいるのだが、真相が究明されない限り、恐怖心が募るばかりなのだ。
日々の生活のなかで、何時、何かが引き金になって、魔の迷路に迷い込まないとは限らないのだ。魔の迷路に迷い込まないとは限らないのだ。