格差社会

目下、社会問題として注目を集めているのは、貧富の格差だろう。

日々の食事にさえ事欠く貧困所帯が激増していると言うのだ。その大部分が母子世帯で、その原因は非正規労働で働いていたためだろうといわれている。感染症の拡大を防ぐ目的で政府が打ち出した対策のあおりを受け、客商売、たとえば個人経営の飲食店や宿泊施設などは軒並み大打撃を受け、廃業に追い込まれたり、中小企業のなかには経費削減の目的で非正規労働者を解雇したりと、貧困の原因は様々のようだが、一言で言えば、社会的弱者が真っ先に打撃をうけるということか。

こんなニュースが頻繁に流されると、視聴者は世の中は不景気なんだ、とつい考えてしまうのだが、実はそのような悲惨な人々が現に存在している一方で、金の使い道に困っているにわか成金だか、全うな方法で儲けたのかは不明だが、バブル全盛期のような暮らしぶりの人々が存在しているのも確かなのだ。その証拠に、高級スポーツカーの在庫が無いとか、貴金属売り場は何処も大賑わいだとか、更には、レア中のレアな計画に大金を惜しげもなく投じ周囲の人々に自慢するとか、呆れるような金の使い道の話を聞いたことがある。何でも二十年だか、三十年先に手元に届く冷凍ハンバーグとか、そんな先の未来に自分自身がどうなっているのかもわからないし、ましてそんな冷凍ハンバーグなんか味わうだけの体力が残っているのかさえ、不明なのに。

そのような金道の悪ふざけに大金を投じる話など、聞くだに嘆かわしくもあり、情けなくもある。

経済大国と胸を張っているのに、なぜかこの国には、西欧諸国のような慈善事業に寄付するのが当たり前と考える文化が欠落しているのだ。

自助努力とか、自己責任とか、とかく社会的弱者に対し、冷たく、たとえ彼らが落ちこぼれても,気にも留めないような社会、せめて善意の人々により運営されているフードバンクとかお子様食堂などの活動にたとえわずかでも寄付すれば、子供たちにおやつを配ることぐらいはできるかもしれないのだ。いくらかでも小銭があれば、最寄の慈善活動を行っている人々に献金しよう、と呼びかけたい.そうすることにより、このぎすぎすした世の中に、たとえわずかでも心温まる空気をもたらすことができるかもしれないのだ。