見落とされた存在

たまたま耳にした報道番組が取り上げた社会問題としてヤングケアラの存在を知った。恥ずかしながら、最初は、この聞き慣れぬ呼称がどのような人々を意味しているのか理解できなかった。だが、このように呼ばれる未成年の子供たちが直面している過酷な現状を知るにつれ、一刻も早く救いの手が彼らに差し伸べられることを心から祈ることぐらいしかできないわが身の非力が無念だった。

願わくば、政府の支援も現ナマを配ればそれで十分などと思わず、もっと彼らに寄り添ったきめ細かな救いの手を考えてもらいたい。せめてこれから成人に達し、社会に出て行く彼らガ無事に義務教育を終了し、同年齢の子供たちと対等なスタートラインに立てるようにしてやりたいと心から願っている。

社会の底辺で人知れず過酷な運命に直面している子供たち。表面上ではデジタル社会が加速度的に進化を続け、その利便性を余すところ無く享受し、わが世の春を謳歌する人々の影に隠れて苦悩する一握りの子供にち。

このような世の中から見捨てられたような子供たちの存在にいち早く気づき、援助の手をさしの延べるのは、隣人としての私たち、全員の果たすべき役割だと思う。