冷静に原稿を読み上げるアナウンサの声を聞き流して居たのだが、ふと聞き捨てならぬ文言が心に刺さった。現在の年号になってからはじめての死刑が執行された、と。

報じられたところによると、二人の死刑囚は共に残虐な手口で複数の殺人事件を冒した凶悪犯とのことだった。

この死刑囚の手にかかり殺害された犠牲者の肉親や親族たちにしてみれば、憎んでも憎み足りない犯人が死刑になったことで、やっと敵討ちが出来たと心の整理ができた思いだろう。このような肉親たちの心情は一応、理解できるのだが、それでも私の心は何か釈然としないのだ。

死刑制度をめぐっては、賛制か反対かの議論はかなり以前から暑く討議されてきたものの、未だに結論に達していないようだ。

おぼろげな記憶によれば、昭和十二、三年ごろ、公民とかいう授業で、先生が突如、クラスに自分の考えを短くリポートせよ、と原稿用紙を配ったのだ。テーマは死刑制度についてだった。

あまりにも唐突な話題だったので、誰もが感想など思いつかなかった。私はといえば、人間が人間を裁くのは絶対反対で、万一、冤罪だったら取り返しがつかない、などと感想を書いた記憶がある。

結局、クラスのほぼ全員が死刑制度に賛制で、死刑に値する残虐な行為をしたのだから、処刑されるのは当然で、死刑制度は一種の抑止力の意味もあるから。と言うのが大方の意見だった。その意見は今も昔も変わらないように思う。

思えば、敗戦直後の日本では、軍事裁判により、A級戦犯として死刑が宣告された戦犯たちは、直ちに巣鴨プリズンへと送られ、その後、しばらくの間、ハング ツウ デスとの文言が一面に踊っている朝刊が連日のように配られた。勿論、それは絞首刑の意味で、戦犯たちは、まだ朝露が残った早朝の野外で、文字通りの絞首刑により刑が執行されたという。

かつては飛ぶ鳥をも落とす勢いで、威張りかえっていた軍部のお偉いさんたち、国民を欺き、戦争へと突入し、国民に甚大な犠牲を強いた戦犯たち、国民全員が、あの戦争さえ無かったらと考えれば、にくい戦犯たちが絞首刑で死刑が執行されたと聞けば,万歳三唱しても当然なのだろうが、それほど大方の心情は単純ではなかったのだ。

数年以前のことだと記憶しているが、ローマ法王が死刑制度は全廃すべきだと公言された。実際、死刑制度が今なお存在する国は、世界中で数えるほどしかないという。残念ながら、日本もその一つなのだ。

昨今のグローバリゼーションの流れの中で、日本でも死刑制度を全廃する動きが活発になることを期待している。