ウンスの活躍により、この一連の騒動に事件性がないことが判明すると、ようやく典医寺に平穏が戻ってきた。
とはいえ、典医寺内の、それも侍医まで巻き込んだこの騒動に、キ・チョルの名前が絡んできた事で、ただの事故では済まなくなってしまった。
それでなくても、先日元のキ皇后と徳興君とのきな臭い報告がされたばかり。
確りと調査するよう王は命令を下し、それによりオム医員は、回復もそこそこに連行されていってしまった。
そうして数日後。
戻ってきた彼は、あの横柄だった態度は消え失せ、すっかり別人のように小さくーー態度がであるーーなっていたのである。
「一体どうなっちゃったのかしら?
何か知ってる?」
一体何があったのかと、典医寺中が驚きで騒然とする中、ウンスはチェ・ヨンに尋ねた。
「嘘みたいに大人しくなっちゃって、まるで去勢された犬みたいって、みんな言ってるわ」
「去勢…」
その言葉に、夫は吹き出した。
「人聞きの悪い。
拷問も暴力も一切行われておりませぬ。
ただ吟味が行われただけです」
「聞き取りだけ?
それだけであんなに性格が変わるもの?」
「まあ、少しばかり厳しく問い詰めましたが。
あの程度で大人しくなるなら、所詮鼠輩だったのです。
いや、鼠の方が余程肝が据わっているやもしれませぬ」
「あ…あなたのせいだったの?!」
ウンスは思わず大声を上げた。
「どうりで…」
どうりでウンスの顔を見るたび、ぎょっとしたように飛び上がるわけだ。
背後に何か見えないものでもいるのかと気味が悪かったが、きっとウンスを見れば後ろにヨンの顔がちらついて見えたことだろう。
「公務に私情を挟んだんじゃないでしょうね?」
「……挟んではおりませぬ」
嘘だ。
公然と妻の仕返しをする機会を得られ、嬉々として取り調べを行ったに違いない。
(もう…!自分でやり返そうと思ってたのに)
だが、夫のこのなんとも言えないバツの悪そうな顔を見ると、余計なことをしないで、とは言えなくなってしまった。
「まあいいわ。
あの男にはいい薬かもね。
王宮勤めの医者のくせに、変な売人から得体のしれない薬を買うなんて、浅はかすぎるのよ。
あなたに絞られて少しは反省すればいいわ」
「全くその通り」
途端に得意げな顔になる夫につられ、ウンスも微笑んだ。
夫の威を借る妻になりたくはないと、つい肩肘を張っていたが、そんな風に頑張れるのも、ヨンという絶対的な味方がいてくれるからなのだと思い知らさせる。
ともあれ、その後オム医員は恵民局へと移動になった。
処分かと思いきや、なんと本人の希望らしい。
恐ろしい王宮から離れたかったのだろうか。
「目が曇っていたのは私の方だったようです」
後にソク侍医はウンスにそう話し、改めて謝罪した。
「典医寺を統べる立場にありながら、身内だからと、オム医員にだけついつい甘く接していました。
時折横柄な態度を取っていたのは知っていましたが、それよりも己に都合の良い者を置く事を優先していたのです。
気持ちがばかり急いていたのでしょうな。
歴代の侍医に負けぬ立派な侍医にならねば、と。
そのせいで医仙殿に対しても下らない対抗心を燃やし、失礼な態度を取ってしまった」
「その気持ちは理解できます。
上に立つって大変ですもの。
いいとこ取りで無責任な立場の私が突然やってきたら、面白くないのは当然です」
自分も散々悪態をついていた事は棚に上げ、笑顔で調子のいい事を言うウンス。
過ぎ去った事は水に流そう。
大事なのは未来なのだから。
典医寺の安穏は高麗の安穏だ。
【失せ物編】終
大変遅くなりましたが、ようやく最終回がアップ出来ました!
最後まで読んでくださった方、ありがとうございました
ここで書けなかったおまけの話を、エピローグとしてアップしますね
くぅ