(あれ…?足りない…)
ある日、王妃の回診から典医寺へ戻って来たウンスは、手術用の器具が一つ消えていることに気付いて、首を傾げた。
回診に行く前は確かにあった。
訓練中に腕を負傷した禁軍兵の傷口の治療で使ったから確かだ。
洗って消毒した後、錆びないように箱の蓋は開けたままにしてあったのだが…。
「ねえ、アニ」
「はい、医仙様」
ウンスは近くにいた下働きの娘に声をかけた。
このアニという娘、例の猫事件後に典医寺に移動になった元女官見習いだ。
(※ 参照 猫編 )
ウンスにいたく恩を感じていて、女官になるよりも医仙様の側で働きたいと、此処典医寺で下働きをするようになった。
まだ十三歳と幼いながら、厳しい女官見習いをしていただけあって物覚えも良く働き者で、ウンスもちょっとした助手代わりにと何かと重宝している。
とりわけ、まだ味方も多くない典医寺において、彼女の存在はウンスにとって気のおける存在でもあった。
「私の手術用の器具が一つ足りないんだけど、何か知らない?」
「え…?いいえ」
アニは驚いたように目を見開いた後、ぶんぶんと首を振った。
「おかしいわね。
器具は移動させてないし…私の後、誰かこの部屋を使ったかしら」
ウンスが外科的処置をする時に使っている部屋は、一番奥の個室になっている。
ウンス専用というわけではないので、もちろん他の医員が使用することもあった。
「申し訳ありません!私、洗い場にいたので見てなくて…。
すぐに誰かに聞いてきます!!」
ウンスの返事も待たず、アニは勢いよく飛び出して行った。
*
職場復帰をすることが決まった前夜のことだ。
夫であるチェ・ヨンがウンスに木箱を差し出した。
「なぁに?これ」
受け取るとずっしり重い。
「開けてみてください」
ウンスが開けると、そこには手術道具が入っていた。
ウンスがタイムスリップする時に持ってきたものではなく、全く別のものだ。
「…これどうしたの…?」
「キ・チョルの遺品から出てきた古いものを元に作らせたのですが、使えますか?」
ウンスは一つ一つ取り出して、手に持ってみる。
ステンレス製ではないため少し重さはあるものの、細部の作りはかなり精巧に再現されていた。
「ええ、十分使えそうよ…だけど、いつの間に?」
ウンスが帰って来てからまだ二月ほどしか経っていないというのに、そんな時間があっただろうか?
不思議に思って尋ねると、夫は口籠もりながら白状した。
ウンスを待つ日々にふと思い立ち、戦の合間を縫って鍛治職人に頼みに行ったこと。
試作を重ね、完成には二年以上かかったこと。
「単なる暇つぶしのつもりだったのが、そのうちこれが出来上がれば貴女が帰ってくるような気持ちになり、思いの外真剣になりました」
「……」
ウンスは言葉を詰まらせてヨンを見上げた。
「気に入りませぬか?」
「まさか!
この気持ちを何て伝えればいいか分からなかっただけよ……嬉しすぎて逆立ちしたいくらいだわ!」
器具も有り難かったが、何よりも夫の気持ちが嬉しい。
頬を緩め、満足げに笑う夫にウンスはありがとう、と言って思いきり抱きついたのだった。
お久しぶりです
四月になりすっかり春らしく暖かくなりましたね
皆様お変わりないですか?
三月中は仕事も家の中も慌ただしくて、
気もそぞろ…だったのですが、
ぼちぼちと落ち着きそうなので、再開しようと思います
まずは次の事件簿から
このお話も、95パーセントくらい前とは違う話になっていますので、新たに楽しんでいただけると嬉しいです