ウンスの診療事件簿 17【幽霊編 終】 | 壺中之天地 ~ シンイの世界にて

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韓国ドラマ【信義】の二次小説を書いています

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《2024年2月17日 改訂》

 

 

その日の夜。

寝支度を整え鏡台の前で肌の手入れをしていたウンスが、ぼそりと呟いた。

 

「幽霊って本当にいるのかしら」

 

「何です、突然」

 

寝台の上に寝そべり、片肘をついた姿勢で書を読んでいたヨンが、顔を上げてウンスを見た。

 

「私、見た事ないのよね。

病院の中にはいくつか心霊スポットがあったけど、私が通っても何も起こらなかったし。

いるのかもしれないけど、見たことないものって信じられないでしょう?

あなたはどう思う?

幽霊とかお化けみたいなものってほんとにいると思う?」

 

「さあ。

いるとかいないとか、あまり深く考えたことはありませぬが、戦場ではそんな話は始終飛び交っていました」

 

「そんなに多いの?」

 

「ええ。

夜中に、全滅させた敵隊が行進しているだの、用を足しに行くと首のない男がいただの。

またある隊には、天幕に死んだはずの仲間が入ってきたとかで大騒ぎに…」

 

「ちょっと待って、ストップ!!怖いじゃない…!」

 

ウンスは慌ててヨンの隣に駆け寄ると、口を塞いだ。

 

「さっき信じてないと言ったくせに」

 

「信じてないと、怖くないは同じ意味じゃないの!

……もちろん、作り話よね?」

 

「一種の肝試しのような作り話もあるでしょうが、中には本気で言っている者も。

真偽のほどは分かりませぬ」

 

「罪悪感や恐怖からくる妄想じゃないの?」

 

「そうかもしれませぬ。

いずれにせよ、それに参り気が違ってしまう者が出ることもままあり、厄介な問題でもありました」

 

「そんな人はどうなるの?」

 

「除隊が認められることもありますが、大概その前に命を落とします。

中には耐えきれず自死する者も」

 

「自死…」

 

「戦場とは、あの世とこの世の波際に立っているようなものです。

境界線が曖昧で、一瞬後にどちらにいても不思議ではない。

気をしっかり持っていなければ、そのうち生と死の区別がつかなくなり、己がどちらに立っているかすら分からなくなる」

 

淡々と話すヨンをウンスは沈痛な面持ちで見つめた。

 

そんなところにこの人はいたのだ。

そしてこれからも…。

 

「…済まぬ。つい余計なことまで話してしまった」

 

ウンスの辛そうな表情に気付いて、ヨンは眉尻を下げた。

ヨンが戦の話をする事は滅多にない。

ウンスが嫌がると思っているからだ。

 

「いいの。話してくれた方が嬉しいわ」

 

ウンスは首を振った。

 

「私は医者だから、もちろん今でも戦争は反対よ。

味方でも敵でも、死んでいい命なんてないと思ってる。

だけど…」

 

ウンスはヨンの胸に顔を埋めた。

声が震える。

 

「だけどどうしても行かなきゃいけないなら…絶対に生き残って」

 

自分勝手な言い草だと分かっていても、言わずにはいられなかった。

それが本音なのだ。

 

「言われずとも、俺は死ぬつもりなどありませぬ。貴女を遺しては…」

 

ヨンはウンスをしっかりと抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

それから何日か経ったある日の昼下がりのことだ。

ウンスは庭の四阿に座り、彼女の足元でボンドが鞠を相手に格闘しているのを眺めていた。

 

「ボンド、凄いわ、上手ね」

 

時折ウンスの方を見るので、そうやって褒めてやると得意げな顔でにゃあと鳴き、また遊び出す。

すっかりこの家に居着いてしまった。

ボンドが自分の名前だということも覚えたようだ。

 

しばらくそうしていると、宿直明けの夫が帰ってきた。

 

「ただいま戻りました」

 

「お帰りなさい。ご飯は?」

 

「食べてきました」

 

ウンスの隣に腰を下ろしながらも、すかさず足元の鞠を蹴飛ばす。

鞠はコロンコロンと鈴の音をたてながら、勢いよく転がっていった。

 

「もう!意地悪なんだから」

 

その鞠を猛然と追いかけていくボンドを眺めながら、ウンスは横目で夫を睨んだ。

 

「足がふらついただけです。

宿直明けで疲れているので」

 

「あっそう、じゃあ少し寝てきたら?」

 

大人気ない夫に内心笑いを堪えながらも、ウンスはそっけない返事を返す。

 

「ああ、確かに。少し眠い」

 

妻のささやかな非難など全く意に介する様子もなく、ヨンはいきなりウンスの膝に頭を乗せ横になった。

 

「布団で寝ないと疲れが取れないわよ」

 

「ここでも十分です」

 

そう言って目を瞑る。

本気で寝るつもりのようだ。

ウンスはふと、鞠遊びをやめて蝶々を追いかけ回しているボンドに目をやった。

 

「あの子、また蝶々を追いかけ回してるわ。

ああやって捕まえて、私のところへ持ってくるのよ。

可哀想だからやめなさい、って言ってるのに…」

 

「…動く物を捕まえたいと思うのが、獣の本能ゆえ…」

 

緩慢な口調で応えながらも目を開けて、視線を庭へと移す。

 

「そりゃそうだけど…これがもしゴキブリとか鼠になったら困るわ。

…なっなに?!どうしたの?!」

 

突然ウンスが大きな声を上げた。

夫の目が見開かれている。

と、突然勢い良く起き上がった。

 

「どうしたのよ?忘れ物?」

 

「…ええ、すっかり忘れておりました」

 

ヨンは立ち上がると慌ただしく屋敷の中へ入っていく。

ウンスも訳がわからないまま、後を追った。

 

ヨンが入って行ったのは、ウンスが一度も立ち入ったことのない部屋だった。

確か、この部屋には彼の父と母の物が仕舞われていると聞いている。

その中で、抽斗を開け閉めする音が聞こえてくる。

入ってもいいものかウンスが逡巡していると、やがて扉が開いてヨンが出てきた。

 

「イムジャ、筆具屋の婆さんの言っていた、イムジャの後ろにいた女人の話を覚えていますか?」

 

「え?…私の母だって言ってた人?

ええと、確か韓服を着ていて、小柄な痩せ型美人で…あ、そうそう、髪に銀色の蝶の簪をつけていたって…」

 

「これを見てください」

 

ヨンが掌を差し出し、開いて見せた。蝶を形どった銀細工の簪がそこにあった。

まさにウンニョの言っていたものだ。

 

「これ…!」

 

「俺の母上が、一番気に入ってつけていたものです」

 

ウンスは生唾を飲み込んだ。

 

「じゃ、じゃあ、私の後ろにいたお母さんって…もしかして」

 

ヨンの瞳が大きく揺れる。

二人は何もいないはずの宙を見つめた。

 

          

               【幽霊編】終

 

 

 

【幽霊編】終了です

元の話が3話、今回8話

もう原型とどめておりません爆  笑

 

読んでくださった皆様、ありがとうございました飛び出すハート

 

 

 

ではでは、お待ちの方、約束通り開けておきますね〜

詳細は前の記事をご覧くださいませ〜