ウンスの診療事件簿 1【猫編①】 | 壺中之天地 ~ シンイの世界にて

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韓国ドラマ【信義】の二次小説を書いています

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《2024年  1月17日改定》


「うぅ~ん!」

 

抜けるような青空の下で、ウンスは両手を上げ大きな伸びをした。

ここは王宮の中の東屋。

ちょうど王妃の回診へ向かう途中である。

季節はもう晩秋を迎え、大分肌寒くはなってきたものの、日中はまだぽかぽかと暖かい日も多い。

 

ああ、なんて気持ちのいいお天気…!

 

ウンスが目を閉じると、懐かしい風がふわりと髪を擽りながら頬を撫でていく。

まるで、おかえりなさい、待っていたよ、と歓迎してくれているみたいに。

 

ついこの間まで、ウンスは百年前にいた。

何度夢に見ただろう。

この東屋を。ここで彼と過ごした日々を。

眠っている時も、起きている時も、想いはいつの間にかここへ向かっていた。

 

(ああ、やっと帰ってこれたんだわ…)

 

ウンスは今、幸せを噛み締めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

欅の木の下で再びチェ・ヨンと巡り会ってから、そろそろふた月になる。

今やウンスはチェ家の奥方だ。

離れていた時間は、ウンスにとっては一年だったが、此処では既に四年も経っていた。

その長い年月、ヨンはただウンスの帰りを待ち続けてくれていた。あの北の地で、戦に明け暮れながら……。

 

初めてチェ・ヨンと結ばれた夜、ウンスは彼の身体にある見覚えのない傷跡の多さに、思わず涙ぐんだ。

医員も足りず、縫合も粗雑。その上、治癒する前に再び戦いへ赴くことになる。

彼の性格を考えると、自分より部下の治療を優先させて来たのだろう。

盛り上がってケロイド化している所もあった。きっと長いこと膿んで熱を持っていたせいだ。

さぞ痛かっただろう。

どうしようもないことだけど、私ならもっと上手く処置できたのに、とウンスは思わずにはいられなかった。

ウンスはそっと傷口に触れながら、一つ一つヨンに尋ねていく。

 

『これ、つっぱらない?』

 

『ええ』

 

『本当?あなた、我慢強いから』

 

そう言ってしつこく腕を上げたり、皮膚を伸ばしたりしているウンスに、ヨンは言った。

 

『こんなものは何でもありません。

他にもっと痛む処がありましたゆえ』

 

『えっ、まだ痛むの?癒着しちゃったのかしら…』

 

慌てて彼の腹の傷痕を覗こうとするウンスの手を、ヨンは掴んで自分の胸に当てた。

 

『そこじゃない、此処です。

あの時の悔いが残り…ずっとこの胸が抉られるようでした』

 

一瞬見せた苦悶の表情は、彼がこの四年間、どれだけ後悔と自責の念に苛まれていたかを物語っていた。

もちろん彼女だって同じように辛かったし、寂しかったし、不安だった。

でもウンスには必ず帰るという目標があって、必死で、だから乗り越えることが出来たのだ。

待つだけの日々……その時の彼は何を想い、何をよすがに過ごしていたのだろう。

 

『待つのをやめようと思ったり……迷ったりはしなかった?』

 

好奇心からそう尋ねて、ウンスはすぐに後悔した。

実は……なんて言われたらどうしよう。ショックで立ち直れないかもしれない。

 

『やっぱり答えなくていいわ……ううん、答えないで』

 

片手で自分の顔を覆い、もう一方の手をぶんぶんと横に振る。

ヨンはそんな彼女を黙って見ていたが、やがて口を開いた。

 

『…待つのをやめようとはこれっぽっちも。ただ…』

 

(ただ?)

 

話すのを躊躇うように口を閉ざしたヨンの顔を、ウンスが不安気に、だが催促するように覗き込んだ。結局聞かずにはいられないのだ。

彼は優しく眦を緩めて彼女を見つめると、さらりと告白をした。

 

『ただ、逢いとうて我慢がならぬ時もありました。

そんな時は少々後悔を…』

 

『後悔…したんだ…』

 

『ええ。後悔しました。

あの夜、貴女を自分のものにしておかなかったことを』

 

『えっ…?あ…』

 

ウンスはたちまち熱くなった頬に手を当てた。

この男は普段口数は少ないくせに、時々不意打ちで正面からウンスの胸を射抜く。それも確実にど真ん中を。

心臓が暴れて破裂しそうだ。

ヨンの顔を見上げれば、再び情欲に塗れた眼差しでウンスを見つめている。

 

彼の想いは前にもまして熱く一途だった。

もう二度とウンスを手放す気はないことが伝わってくる。

もちろんウンスだって同意見だ。

 

そうして再会してからひと月が経った頃、二人はめでたく夫婦となったのだった。

    

                                                    続

 

 

 

 

 

Kuuのkuusouにて載せていました

【ウンスの診療事件簿】シリーズを

こちらにて再掲載していこうと思っています。

日付は初めに書いた時に設定しましたが、改定を加えながらぼちぼちアップしていこうと思います。

新しく読まれる方にも、読み返して下さる方にも楽しんで頂けると嬉しいです。          

                                  

                                           くぅ