ウンスの診療事件簿 7【猫編⑦】 | 壺中之天地 ~ シンイの世界にて

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韓国ドラマ【信義】の二次小説を書いています

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《2024年1月22日 改訂》


渋る武閣氏を強引に説き伏せたウンスは、女官見習いの娘が隔離されているという小屋へ向かった。

小屋の前で、マスクをつける。

職場復帰すると決まった時にきっと必要になるだろうと、改良を重ね医療用のマスクを作ってあったのだ。

 

「こんにちは」

 

トントンと扉をノックして声をかけると、はい…とか細い声が聞こえた。

 

「入るわね」

 

ウンスが扉を開ける。

小屋の中は不潔でこそなかったが締め切られ、薄暗く鬱蒼としたところだった。

真ん中に布団が敷かれ、その上に小柄な人影が一つ。

ウンスが窓と扉を開け放つと急に部屋の中に光が満ちて明るくなった。

そこにいたのは、十二、三才位の、まだ幼さの残る少女だ。

眩しそうに目を細めてウンスを見上げる。

その頬には涙の跡が幾筋もついていた。

 

「ごめんなさい…!

わざと黙ってたわけじゃないんです…嘘じゃありません!

杖刑だけはお許しください…!」

 

ウンスを、罰を与えにきた女官だと勘違いしたのだろうか。

頭を床に擦り付けて謝る姿に、ウンスの胸は締め付けられるように痛んだ。

 

「あなたがアニね。顔をあげて。

私、ユ・ウンスよ。医員なの。

あなたを診察にきたわ」

 

「医員さまですか…?」

 

「ええ、そうよ。

だから安心して、リラック…楽にしてね」

 

できるだけ優しく話しかけると、娘はコクリと頷いた。

 

「ちょっと身体を触るわね」

 

ウンスがアニの手首を取り脈をみる。

 

「酷い咳が長く続いてるって聞いたけど、どれくらい経つかしら?」

 

「確か……三月ほどになると思います。

でもここ何日かは随分楽です」

 

「熱は……今はないようね。

今までも出た?身体は怠い?」

 

「熱はあまり出ていないと思います。

夜に咳が酷くて、眠いのに眠れなくて怠かったんですけど…

ここに隔離されてからは咳は出ないのに不安で…やっぱり眠れないんです」

 

質問をしながら、顔色、舌の状態、腹部の硬さなど、診察していく。

近代の医療は、人ではなく病気に焦点をあて、検査などで異常を探すところからはじまるが、東洋医学は根本から考えが違う。

まずその人の体質を知り、あらゆる角度から状態を診る。

検査器具がない代わりに頼れるのは自分の感覚だけ。

そして得たデータを頭の中で組み立て、いくつかの可能性を推理するのだ。

 

喉もリンパも腫れはない。熱もないし、脈も平脈に近い。

それに、体質は実証で、体力、抵抗力は十分にあり、やや気鬱気味なことが気になるくらいだ。

 

(結核の可能性は…低そうだけど)

 

ウンスはもう一回整理してみる。

結核以外で可能性があるなら、この年頃の子の咳の原因は、風邪、気管支炎、マイコプラズマ、百日咳…

だが、どれもピンとこない。

 発熱を伴うか、そうでなければ、他の娘にも広がっているだろうからだ。

 それ以外で激しく咳き込むものと言えば…

喘息。

ウンスの中に、別の可能性が生まれる。

 

「ちょっと捲るわね」

 

ウンスがアニの袖を捲る。

すると肘の内側に、掻きむしった跡がある。

 

「あ、これ……

小さい頃から時々痒くなるんです」

 

(やっぱり、この子アトピーも持ってる…)

 

この時代には少ないが、アレルギー体質の人間がいないわけではない。

夜になると咳がひどくなることも特徴の一つだ。

小さい頃はなくても、疲れやストレスなどで、急に発症することもよくあることだ。

 

(でも、身近に結核患者がいたことは無視できないわね…)

 

ウンスはアニの着物を整えてやりながら、尋ねた。

 

「ちょっと個人的なことだけど教えてくれる?

お身内に労咳の人がいたって聞いたんだけど、どなた?」

 

「伯父です…でも、本当に隠していたわけじゃなくて…

まさか感染ってるとは思わなかったんです、ごめんなさい…!」

 

「謝らなくていいの。あなたが悪いわけじゃないわ。

正確な診断の為に、ただ話を聞きたいだけなの。

伯父さん、隔離されてなかったの?」

 

「隔離されてたんだと思いますけど…はっきりとは知らないんです…」

 

「え?一緒に住んでなかったの?」

 

「はい、住んでたのは隣の村です」

 

「…じゃあ、他に咳が出て止まらなかったり、熱が続いて具合が悪そうにしている人はいなかった?」

 

アニは少し考えて、首を振った。

 

「いなかった、と思います。

でも私……そこの家の従姉妹から、お下がりの着物を貰ってて……

それで感染ったんだって、医員さまに言われたんです」

 

「まさか。

そんなことでは感染らないわよ」

 

「本当ですか?」

 

「ええ、面とむかって接しない限り、感染る可能性はとっても低いわ」

 

ウンスははっきりと言った。

結核菌は紫外線に弱く、日に当たれば死滅する。

その時の経緯をよくよく聞いてみれば、誘導尋問に近い診断だということが分かった。

結核だろうとあたりをつけて、誰か身近にいなかったか、と問う。

そして、後から証拠をこじつける。

 

一瞬呆気にとられたが、検査もできなければ知識も少ないこの時代ではよくあることなのかもしれない。

 

(これで、結核の可能性は消して良さそうね…だったらやっぱり喘息かしら…でも何に反応したのかしら?

いっぱいありすぎて限定するのは難しいわね…)

 

ウンスは考え込んだ。