【でんべさんの年越し企画】ご自愛くだされ 3終 | 壺中之天地 ~ シンイの世界にて

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韓国ドラマ【信義】の二次小説を書いています

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その日の王の目論見は、結果として大成功だった。
老いも若きも、病の者もそうでない者まで、次から次へとやってきて、新しい王と天界から来た医員を拝んでいった。
ウンスも診療の補佐に入ったり、受付に立ったりと終始忙しい一日を過ごした。
恵民局はかつてないほどの活気だったのだろう、後に民は口々にこう言ったという。

あの鬱蒼と暗い恵民局が、普段と打って変わってまるで桃源郷のようだった、と。
お大事に、お大事に…と美しい天医さまや立派な武官さま達に送り出して貰えると、それだけで病も癒える気がしたと…。


ウンスが熱を出して寝込んだのは、その二日後だった。


(最悪だわ…
仕事で風邪を貰うことなんて、ずっと無かったのに…)

熱は…恐らく38℃前後、だが喉が痛い。頭も痛い。
漢方医の先生が、泥水みたいな薬をくれたが、恐ろしい程苦かった。

(他の誰も罹ってないのに、私だけなんて…。
高麗のウィルスに慣れてないせいかしら)

洗礼みたいなものだろうか。
大したことはなさそうだから、寝てあの苦い薬を飲んでいれば良くなるだろう。
あの先生、腕は良さそうだから。

ウンスは再び目を瞑って、眠りに入った。

どれくらい眠ったのだろうか。
次に目を覚ましたのは、部屋の中に誰かが入ってくる音がしたからだった。 
侍医か、あの口のきけない薬員の娘か、食事を運んでくれる女官か。
ウンスは掠れる声を絞り出した。

「…誰か…お水をください…」
 
暫くして、足音が近付いてくる。
ウンスは目を開けた。

「…あなた…」

「起き上がれますか」

迂達赤隊長だった。
手に水の入った茶椀を持っている。

「…ありがとう…大丈夫よ」

ウンスが起き上がろうと身体を動かすと、遠慮がちに手を貸してくれる。
ウンスは茶碗を受け取ると、口をつけた。
汗をかいた身体にじわりと水が染み渡る。
一気に飲み干すと、随分身体も楽になっていることに気づいた。
頭痛も軽減されている。
あの苦い薬湯が効いたらしい。

「……どうしたの…?
私に何か用でも?」

この男が自らウンスのところへ会いにくるなんて、王命以外に思いつかない。

「いえ…そうではありませぬ。
貴女が寝込んでいると聞いた故」

「ああ…。
ただの風邪よ。寝てれば治るわ」

「これをお返ししようと」

チェ・ヨンが瓶を差し出した。
先日ウンスがあげたアスピリンだ。
あげた時より量が少し減っていた。
無理やり押し付けたけれど、ウンスの言う通りにちゃんと飲んでいたのだと思うと、少しほっとするような気持ちになった。

「……残念だけど、私の風邪には効かないわ」

ウンスは押し返した。

「そうなのですか?」

「ええ。
だからこれはあなたが飲んで」

わざわざ持ってくるなんて、もしかして彼なりにウンスのことを心配してくれていたのだろうか。
彼の表情はいつもと同じように固かったけれど、ウンスはふとそう感じた。

「では…何か要る物はありますか」

「用意してくれるの?」

「私に出来るものでしたら」

「そうね…」

欲しいものはいっぱいある。
ハーゲンダッツのアイスクリームとか。
軽くて温かい羽毛布団とか。
お気に入りの、着心地の良いパジャマとか。
だけど、全部彼には用意できないものだ。
ウンスは少し考えて、ふと思い出して言った。

「じゃあ、あれをお願いしていい?」

「あれとは」

「ほら、あれよ。あなたの・・・ご自愛くだされ…ってやつ」

「…は?」

彼の目が驚愕で大きく見開かれたと思うと、怒ったようにそっぽを向いた。
よく見ると耳まで真っ赤だった。
別に揶揄いたくて言ったわけではない。
ただ、恵民局で何度か聞いているうちに、ウンスの耳に残ってしまったのだ。

「別に変な意味で言ったわけじゃないわ。
あなたにそう言われた人たち、みんな喜んで元気に帰ってったでしょう?だから私も早く治るような気がしたのよ…」

いいわよ。別に言ってみただけだから。
ウンスはそう言うと、また布団に潜り込んで目を瞑った。

眠いわけではなかったが、早々に会話を終わらせたかったし、こうしていれば彼も帰りやすいだろうと思ったのだ。
休息が必要なのは、ウンスだけでなくこの男も同じなのだから。

だが、思ったよりもウンスの身体は睡眠を必要としていたようで、
間もなくすると、彼女の意識は微睡みの中に沈み始める。


夢の中に迂達赤隊長がいた。

「…ご自愛くだされ…」

いつもは厳しい迂達赤隊長が、見た事のない優しい表情をウンスに向けている。 

「必ずお返しします故…
どうか早う…元気に…」

彼の声は泣きそうになるくらい、温かかった。 
ウンスは彼に答える。

「…あなたもよ…」


間もなくして、静かな部屋の中に扉の閉まる音が響いた。


                  【ご自愛くだされ】終





ようやく三が日も終わりましたね。
皆さまお正月お疲れではないですか?
お家で過ごされた方、帰省された方、旅行行かれた方…
胃腸もお財布も酷使し過ぎたよ、という声が聞こえそうです。
皆さんもウンスのようにお疲れ出されないよう、ゆっくり日常にお戻りくださいね。

不穏な年明けにはなりましたが、
まだ今年は始まったばかりです。
ささやかな喜びと笑いのある日常が、これから沢山訪れることを願っています。

最後まで読んで下さった皆さまと、主催して下さったでんべさん、作家の皆様、ありがとうございました。

                                      くぅ