当研究所には治験要因も含んで3羽のフクロウが居ます。
ワシミミズクのイーゴリィ、(治験はほぼ終了し完治しています  ).
そして、メンフクロウのキキとララ。
彼らと一年暮らしてみて、フクロウ飼育はメンフクロウが限界なのかなぁ?と思うようになりました。
何故、飼育という行為についてメンフクロウまでだと思ったのか?
その辺について考察したいと思います。


これは春頃の写真です。1年近く前ですね。

メンフクロウはフクロウ界でも相当特殊なポジションに居る種族です。
彼らは種族として【愛玩&伴侶用特殊フクロウ】の地位に居ると言っても過言ではありません。
人知れず荒野や森の奥に住まい、孤独に強く、猛々しく独立心が強い。
一般的にフクロウを指すこれらの言葉は、何一つメンフクロウには当てはまりません。
種族の性質として、人里を好み、孤独に弱く、愛情表現に溢れ、群れへの依存が強いのが一般的なメンフクロウの性質です。英名のbarn owlのbarnとは、納屋のことで、彼らはこぞって人里の、或いは町中であったとしても納屋や屋内に入り込みたがります。メンフクロウは種族として人間と共に生きることを選択したものです。これが、最も他種族と異なる点になります。
それがいつの時代に始まったのかはわかりませんが、ヨーロッパ圏に於いて人間とメンフクロウの付き合いは、既に石器時代には良き隣人というより頼もしい家族でありました。森の中に新しい集落が拓かれるときには、必ず人間に伴って、小型哺乳類や病害虫の駆除を引き受ける、頼りになるかけがえの無い相棒であり続けました。
彼らは時として家族の守護神であり、気まぐれな妖精であり、秘密の友人や憧れの姫君にすら上り詰めていた痕跡を、数多く民間伝承の中に残しています。
日頃は優しく細い囁き声で。時にscreech(悲鳴)をあげ、hiss(威嚇音)で喜怒哀楽を伝えるばかりでなく、一度仲間と認めれば、上機嫌の時にはメープルシロップとバターを足して2で割ったような甘い香りを頭部から出して心地よさを伝え、逆に恐ろしい嫌な気持ちのときには青草をすりつぶしたようなカメムシが如き臭いを出して仲間に不快を伝える。音と香りで相手に感情を伝え、相手のそれをフィードバックするコミュニケーションスキルの巧妙さにはただただ驚嘆するばかりです。
その他にメンフクロウの特異な性質として、利他の精神があります。彼らは雛鳥のうちから、群れで食料を手に入れた際には、最も飢餓状態にある個体を一番に満たそうとします。食べかけの餌でさえ、ほしいと強く訴える者が居れば、譲ってしまいます。これを実行できる他の野生動物種が居るのかどうかは定かではありませんが、他種のフクロウと際立って異なるのが社会性の強さと独自の強靭な規範性になります。


これは梅雨頃だったと思います。

時代が下り、ギリシャから伝播したイエネコに押され、メンフクロウはその地位を半分猫に譲りました。が、田舎の村々ではその領分を猫と仲良く分け合っていたように見受けられます。対小型害獣戦に於いて、猫が地上軍であるならば、さながらメンフクロウは空軍として猫にはできない空中からの攻撃で、彼らは自然の侵食から人間の暮らしを(魔女狩りが始まるまで)守り続けました。
猫(或いは犬)とメンフクロウは、種族として人間と感情の交歓と意志の疎通が出来るという点で、他の動物と著しく異なります。
You Tubeなどで【barn owl】を検索すると、海外の動画が多数あげられています。面白いことに、メンフクロウの動画に出てくる人々は、皆自然な笑顔で、多少不利益を被っても、却ってメンフクロウらの身を案じるような塩梅で、少々精神状態が悪いまま見始めても、自然に口元がほころんでしまうものがとても多いのです。

今現在、私達が「飼育動物」と表現する動物は極めて多彩です。魚のみならず、奇虫や軟体動物から、動物園にしか居ないような超大型動物まで、人間は極めて多くの動物をありとあらゆる目的のために飼育します。
しかし、「ちゃんと飼育する」ということは、ある意味で「自然から切り離した責任をとること。代償として寿命が尽きるまで生涯義務的に献身しなさい」という倫理的義務感に命じられて行う部分も非常に多く、果てしない苦行を僅かな喜びと等価交換にしている側面も否定できない、と。これは心の底から考えてしまうのです。だからこそ【これは人間が飼育してはいけない】【好きならば見るだけにしておくべき】という表現も出てきます。

ワシミミズクのイーゴリィ君。このへんの種族だと個体差が大きすぎるので何とも言い難いものがありますが、確実に人間を受け入れにくい性格の個体が少なからず存在していることは絶対に忘れてはならないと私どもは確信します。
・人間の側に居られる(調教が入った状態)
ことと
・人間の側に居たい
ことは、必ずしもイコールではなく、前者の場合、苦痛をこらえて我慢して居られるだけかもしれない、という可能性は常に頭から外してはならないものです。それはつまり、餌をもらうために我慢することはできるけれども、人間の側に居る時間は自分らしさを抑制した苦痛の時間である、という意味です。
常にワシミミズクのイーゴリィと接するときにはこの可能性を念頭に置いて、少しでも人間疲れをしたような仕草が出れば、私どもはすぐにその場を離れるようにしております。特に翼の件がありましたから、その点は慎重に見極めるように配慮を重ねている積りではあります。
ところが、メンフクロウのキキララなどは、餌の時間が終わって人間が帰ろうとすると、雛鳥のような大仰な所作やhissとscreechのあいのこのような大声を出して引っ張ったりドアの前に立ち塞がったりして一分一秒でも長く引き留めようとするので、おそらく世話係が居ない時間が不快で嫌なものなのでしょう。食後しばらく部屋に居ると降りてきて肩や手に乗ったり、何かものを運んできて手渡してくれたり、足の指を小突いて遊んだり、子猫と戯れているような錯覚すら感じるとのことで、本当は24時間一緒に居てやらなければならないのか(絶対にそんなことはないはずですが、)不安になるほどだそうです。(私はイーゴリィ専従なので、メンフクロウは奥さんや子どもに専従してもらっています)
もちろん、彼らは双方成鳥になってから来ているので慣れるのには大変時間がかかりました。来て数カ月は人間に対して全く心を閉ざして、自分が自動給餌機になったような心持ちにすらなりました。2羽は濃密なコミュニケーションをとっているのに、人間が来た瞬間置物のようになってしまうので、自分だけのけものになったような寂しさを感じたものです。しかしこの頃は、ふと、ここで生まれたのではなかったかと思い違いをしてしまうほどに馴染んでくれたように感じられます。

こればかりは残念な側面なのですが、メンフクロウの持つ飼育動物としての圧倒的なアドバンテージが、現代日本に於いて逆に作用をしている事例も多くあります。
彼らは飼育用フクロウとして、あまりにもメジャーです。強い利他の精神によって、飼育下でさえ彼らは食物を分かち合い、ストレスを同族で発散しあい、簡単に増殖してしまいます。在庫数の多さから、それこそホームセンターや大型ペット店にすら頻繁に出回るので、いわゆる珍しくないフクロウ扱いを受け、価格も比較的安価な為に、エキゾチックアニマルのマニアからは軽く見られがちなように感じられます。
これは本当に残念極まりない現象です。
人間と意志を交わし、感情の交歓を持てることに気が付かれないまま、粗雑に扱われて落鳥するメンフクロウがどれほど居るか考えると、少し感情のタガがおかしくなるぐらい口惜しいことだと思われてなりません。こんなことができるエキゾチックがあとどれほど居るというのでしょうか?犬や猫と同じく、キリストより長く人間に寄り添った数千年来の伴侶であった素晴らしい能力を秘めた生き物を、僅かなポテンシャルすら見い出せずに殺してしまうことは、恥以外の何物でもありません。

犬猫以外のエキゾチックアニマルで、メンフクロウとは、金魚に並んで人間が共に生きることを許された、数少ない種族の一つです。もし、メンフクロウを飼育したいという方がいらっしゃったら、私どもから生体をお売りすることはできませんが、個体の選び方やよりよい飼育方法等、一緒に考えるお手伝いはさせていただきたいと願います。

もちろん、個体の特性と学習によって、人間と心から通じた他種のフクロウやその他エキゾチックアニマルも多数居ることは言うまでもありません。強く賢い個体が素晴らしい飼育者様と巡り会えれば、いつでも奇跡は起こり得ます。本来であればなかなかこうはならない、とされるものとの間にもたらされる交流の日々は、どれほど尊く素晴らしいものか、計り知れません。
ただ、それはあまりにも個体の適性と飼育者様の特性を限定した特殊状況であり、種族として一律に慣れたり交流が持てることを担保するものではありません。

なので、やっぱりフクロウ飼育は種族で区分するならば、メンフクロウが限界だろうなぁ、と思うのです。

文責:水棲疾病基盤研究所



ライトブラマーの育成記録です。
3ヶ月12日目でこのサイズになりました。
日々様々なごはんをがっつり食べて、モリモリ育っております。
3羽とも元気で、まずは一安心です。