上記記事の続きになります。
釣りシーズンが終わった後、私達は見たものの不可解さについて、暇さえあれば殆どの時間を使って議論を行いました。
この頃には、
【魚の感覚器は視覚依存ではない】
【激流を泳ぐ魚族は音依存ですらない】
【感覚を統合処理する脳が小さすぎる】
つまり…
【判断より反射が優勢、学習結果(判断)は反射の数秒後に】
そして…
【魚は後ろ(死角領域)の情報を見ないでも知っている】
加えて…
【浅瀬の岩場を猛スピードで遊泳する魚は、岩に接触も激突もしない】
【水流の体表触覚は反射を引き起こすが、それだけでは説明出来ない動作を行っている】
観察結果からこれらの事実が浮上しました。
特に死角の情報に関して、「〜のように感じる」などという曖昧なものではなく、瞬時に「〜はxxxだ」と当然のこととして見たように理解しているのは何故なのか?
(例:敵?ではなく敵!、餌?ではなく餌! 等)
目があって鼻口があって側線があったら、地上の生き物と同じように視聴覚が優先感覚になると考えがちですが、おそらくその考えは途方もない誤りであった事。
人間が従来考えている感覚器への依存度は1〜2割程度で、8〜9割の「情報」は未知の感覚器官から得ている可能性がある…と。
師走に入ったある日のこと、BGMがてらに適当に流していたYouTubeで「まんが日本昔話」に気が付きました。
釣り人垂涎の名作、イワナの怪
※多分当時から違法だったと思われます。現代では間違いなく逮捕されます。
※川の流れの話です
###そこから1時間ぐらいすったもんだして###
###更に30分後###
私は非常に気が進まなかったのですが、雪の中コトコト鈍行で乗り継ぎながら片道4時間半。
「ね流し」の話だけを聞きに行くことになってしまいました。
今から思えば何かに導かれていたのだと思います。
Bさん達の昔話から、未知の感覚器官に関する重要な示唆と閃きが与えられると。
私達は想像すらしていませんでした。