上記記事の続きになります。

魚に保護者はおりません。
稚魚期から成魚に至るまで、何を食べれば良いのか? 誰も教えてくれないのです。
加えて、魚には定規も鏡もありません
相手より自分が大きいか小さいか? 大小の程度を示す単位は無く、自分自身の大きさを見ることも無ければ、教えてくれる相手も居ません。

しかし、魚は全てを知っています。
何を食べて何を食べるべきでないのか?
食べ物はもとより、相手や自分自身の大きさについて、ミリ単位の精密さで把握しています。
何より重要な事として、どんなに過密になったとしても、パニックにならない限り衝突や接触をすることは殆ど起こりません。重力ジャイロ的なものだけでは説明し得ないほど綿密に、一定の距離を保つ事ができます。相手に触れるときは、攻撃しているときか、外部の力に翻弄されて自主的に動けなくなっている時ぐらいです。

これは五感だけでは説明しかねる、どの魚にも普遍的に備わった魚族特有の感覚能力で、私達人間が知り得ない第六感とも言うべきものなのではないか? と。

Mダム以前の段階で、私共は上記のような仮説をたてておりました。

Bさんに教えられたMダムは、村の中心を流れる本流河川の最上流部に位置しておりました。
2本の沢が合流して大きく堰止められたそれは、今流に言えば魚道も何も無い「やってはいけない」を全て行ってしまったような代物で、当時遡ること6年前に完成したものだと。

緑色が水の流れになります。
2つの沢から流れ込むものの、沢とダムはそれぞれ高さ3メートル程の砂防堰堤で区切られ、貯水率は常時60%前後。
落差20メートルほどの急な坂になったコンクリート製の放水路からは、ウォータースライダー程度の水流が常時出ている…魚族保護の観点からは、最低最悪の構造のダムでした。

横からだとこんな感じです。

当時、水道がなかった村の飲用水を賄う為に、いわゆる村興しがてらに交付金でダムを作ったものの、熊が頻出する上に希少な大型猛禽類の営巣地でもあったので、外部の人間を一切シャットアウトすることになった、と。

中途半端に観光客を意識した地名や自然物の解説板や無人の展望台がなんとも物淋しい、大自然の中に忽然と現れたダムは、ディストピアめいた異様な場所でした。
加えて、6年間行き場無くきっちり閉じ込められた大ヤマメが探すまでもなく養魚場の如くにうじゃうじゃ群れる……地獄だか天国だかよくわからない物凄いポイントです。

Bさんはクーラーボックスから何かを取り出し準備を始めました。
ウインク「凍ったまんまだ、少し遊んでてくれな?」
持ってきた餌がガチガチで使い物にならなくて、石とナタで崩そうとしているようでした。

私達は余りにもべらぼうな光景に圧倒されて、始めはただただ沈黙していたように記憶しています。やがて全景を把握しようとB沢堰堤入口から離れて、展望台に移動しました。
ここならばA・B沢どちらの入江もはっきりと見下ろせる最高の観察場所です。
水面に目をやれば、鯉のような太さのヤマメ、ヤマメ、ヤマメ…常軌を逸しています。
あんぐり「頭がおかしくなりそう」
無気力「こんな場所…魚…気が狂う」
対岸まではGoogleマップのざっくり目視で50メートル程。止水という感じではなく、砂防堰堤から滝のように入った流れは合流地点で渦巻いて、水面の落水物を見ても「流れている」感じはあります。
Bさんがナタで冷凍餌の固まりを叩く音がやみ、準備が出来たと知れました。
爆笑「今、撒き餌で寄せるから、気をつけて降りてきてな」
いうより早く、Bさんはバケツいっぱいに砕いた何かをB沢堰堤から豪快にぶちまけました。
着水音と同時にダムの水を底から撹拌したように水面が盛り上がり、滝の音より凄い水音を立てて巨大ヤマメが群がります。
「「!!!!!!!!!!!」」
その瞬間、私達は見たものの不可解さに、パニックになりかけました。
グラサン「やっぱりナマコ(冷凍生筋子)はすげえなあ!」
Bさんは誇らしげに声を上げると、タバコをふかし始めます。
あんぐり『今見た?!』
驚き『見たよ、見てたよ!なんで…』
不安『おかしいよ、どうして』
驚き『着水音と同時にしか見えなかった!』
不安『タイムラグ無しにA沢の魚が走った!』
驚き『どうしてB沢の事がわかったんだ?』

狂ったように2人で走り、Bさんを質問責めにします。

あんぐり「Bさん!いつもこんなことをしているのですか?」
ニヤリ「いつもはやらねえよ?」
物申す「前回来たのはいつですか?!」
キョロキョロ「4-5年前、かなぁ?いつかやろうと思って麓のスーパーで買ってあったんだよ」
不安「…いつか?」
てへぺろ「思ってたより湧いてびっくりしたなぁ」
無気力「思ってたより?」
爆笑「こんなこと初めてやるよ。ナマコ高えもん」
今しがた空になった半額シールの残るパックの賞味期限。
…確かに3年前の日付が印字されてるのです。

大ヤマメがBさんのイクラぶちまけを過去の経験で学習していた可能性は限りなく薄くなりました。
不安驚き「「着水音と同時に、A沢の魚が反応したんですよ…」」
ニコニコ「そりゃあそうでしょ、水の中のことだからな」
不安「A沢からここは見えないし、流れもあるし…」
ウインク「だって繋がってるでしょ?」
無気力「いや、匂いとか…同時ってのは、」
ニヤリ「昔からそういうもんだ、魚にはわかるんだよ」
あんぐり「だとしても今の速さは…、」
照れ「見たものが全てさね。頭で考えすぎちゃいけねえよ」
日没までに釣ろうとBさんに促されて、私達は予想だにしなかった大釣果を獲得しました。
爆笑「また来シーズンおいでな? 禁漁期間中に来たらとっ捕まえるからな!」

晩夏の午後は日没早く、Bさんに釣果の処理をしてもらって、私達は全く釈然としないまま大きな「宿題」を持って墨田に戻ったのでありました。