台風3号の通過を目前にして、大気圧と溶存酸素量の相関関係について、具体的な数値を日本語で書いたものが見当たらなかったので、復習がてらにもう一度ブログ記事とさせていただきます。

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以前、

【復習記事】COD(化学的酸素要求量)と溶存酸素について

http://ameblo.jp/fairlady-sp310/entry-12260010334.html

では、水温が上がると溶存酸素が下がる、というお話をさせていただきました。

水温と溶存酸素量の関係は、

こちらのグラフの通りとなります。

細かいことを言い出すときりがなくなるので、これだけを記憶しておいてください。

水温が上がると、酸素が減って魚が息苦しくなる。

水温が下がると、酸素が増えて魚は呼吸が楽になる。

これだけでいいです。

 

また、それ以前には

【低気圧と疾病の関係】

http://ameblo.jp/fairlady-sp310/entry-12136110676.html

で、気圧が下がると溶存酸素も下がる、という要素についても触れております。

それでは、具体的にどの程度変動するとどうなってしまうのか?

おそらく皆様、これが一番知りたいことかと存じます。

http://www.engineeringtoolbox.com/air-solubility-water-d_639.html

此方は英文記事ですが、ご参照ください。水中の空気溶解度についてまとめた記事になります。気圧との相関関係の具体的な数値についてまとめたものが日本語で存在していなかったので、英文記事の引用による日本語解説と致します。

この中から特に重要なポイントについてキャプチャーして抜粋すると、この点となります。

これだけだと何だかわからないと存じますので、大事な点について、日本語解説をさしはさみます。

ヘンリーの法則(初出:高校化学) を使用して圧力(気圧)数値が溶解する空気に与える影響を図表化したものが上の段のものになります。

1atmとは、標準気圧と言われるもので、台風の時などに使われるhPa(ヘクトパスカル)に換算すると、大体1013hPaになります。これは、厳密にはパリと同じ緯度の平均的な海面(高度0メートル)の気圧と設定されていますが、一応の約束事として標準設定されたもの、というイメージで把握してください。

 

大切なのは、1atm→2atm→3atm…と、圧力が上昇していくにつれ、溶解する空気(窒素+酸素)の量が同倍数で変化する点にあります。

※小数点以下の切り捨て&切り上げの誤差で、微妙にズレはありますが、ヘンリーの法則に則れば、何倍か?が最も重要なポイントになります。

 

実際に台風が来たときに、気圧には何が起こってしまうのか?

【台風18号による東京の気圧変化 2014/10/05-08】

http://seppina.cocolog-nifty.com/blog/2014/10/20141005-692e.html

【台風18号が通り過ぎる瞬間を見た】

http://seppina.cocolog-nifty.com/blog/2014/10/18-7987.html

こちらのブログをご参照ください。

勿論、台風通過時には水温にも急変動がかかります。ただ、水温の要素まで入れるとしっちゃかめっちゃかになるので、気圧のみに着眼します。

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通常時1021hPaであった気圧は、台風の接近に伴い、急減少し、台風通過時には実測値970hPaまで急落します。そして、台風の中心付近では30分前後そのままの気圧になり、離れるに従って回復し、ほぼ12時間で元に戻りました。

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この要素を溶存酸素量に言い換えてみます。

(水温25度から変動しない前提です。具体的数値はwiki溶存酸素量 https://goo.gl/P7gbQ をご参照ください)

1リットルあたり8.11㎎溶解していた酸素は、台風の接近に伴って、僅か12時間で7.70㎎まで急減少をします。約5%の急減少の後、30分前後そのままになり、台風が離れるに従って回復し、ほぼ12時間で元に戻りました。

このような感じになります。

 

溶存酸素量が5%減少し、8.11㎎/L→7.70㎎/Lになることは、

水温25℃が28.4℃まで12時間で急上昇したのと同じことになります。

人間の場合、12時間で空気中の酸素が5%奪われると、

耐性のある人でも息苦しさ~頭痛、四肢の軽い痺れ。

耐性の無い人ならば、それに加えて軽~中度の意識障害を起こし、放置すると危険な状態に至ります。

喘息発作を起こしている最中の血中酸素濃度と同程度になるとお考え下さい。

台風の中心が離れれば気圧が戻るので溶存酸素量は増加に転じる「はず」ですが、現実には増加はしません。何故ならば、台風の中心が離れた後には「フェーン現象」が発生し、実際の気温が激しく上昇してしまうからです。

仮に気圧変動が無い状態で、25℃から30℃まで上昇すると、8.11㎎/L→7.53㎎/Lとなり、約7.2%の減少となります。ここで気圧変動の要素まで加味すれば、単純計算で最悪の場合には、12.2%の減少。25℃スタートだと尺が足りなくなったので、https://goo.gl/P7gbQT の表をたどってみて、ゴール水温30℃が12.2%の減少に合致するのは22℃。

つまり、溶存酸素量的には、台風の通過とその後のフェーン現象は、水温22℃から30℃まで12時間でぶち上げたのと同程度のストレスを魚に与えてしまう結果となります。

人間の場合、この時間をかけて12.2%空気中から酸素を奪われると、

耐性のある人で軽度~中度の意識障害。

耐性の無い人の場合、重度の意識障害~痙攣、チアノーゼの発症、心停止が現実的になる数字です。

酸欠死が容易に起こり得るのが、この酸素濃度になります。

 

肺呼吸をする陸上大型哺乳動物である人間の方が、各種臓器に酸素のストックを行える分、酸欠には強いと判明しております。鰓呼吸をする魚族の場合、哺乳動物と比較すると極端に酸欠には弱く、酸欠死は人間の危険ゾーンよりも遥かに低い領域で発生します。

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数字弄りから離れて、現実に起こる各種要素を参照してみます。

ここまで溶存酸素が急低下すると、

1)濾過バクテリアにダメージが出ます。

2)嫌気性菌(殆どの場合病原菌)が活発に活動を開始します。

3)空中湿度の上昇に伴って、エロモナスやカラムナリスが空気中で活動をし、着水が起こります。特にカラムナリスは台風が大好物です。

4)魚は急酸欠でダメージが出ているので、着水した病原菌に容易に罹患します。

5)濾過バクテリアが活動不全を起こしている結果、アンモニアや亜硝酸が発生します。

6)飼育水のPHが急低下するので、表皮のヌルにスポットが開き、そこにパラサイトが入ります。多くの場合、それは白点病やダクチロ/キロダク等、おなじみのメンバーです。

7)魚は息苦しいわヌルがズタズタになるわでそれだけでも大変な状況なのに、身の回りには悪い菌やパラサイトがウヨウヨいる状態となり、何がどうなってもおかしくない危険な状態に晒されます。

 

僅か12時間の間に、水槽内ではこれだけの変動が発生し、飼育者様が把握しきれないほどの速度で全てが悪くなり、疾病が発生する結果となります。

 

台風前後にはどんなに日頃の管理が行き届いている水槽でもトラブルが発生しがちになります。

手前味噌になるので恐縮なのですが、こういった場合、嫌気性バクテリアやパラサイトの抑制の為に防御としてコンディショナーを使うことは非常に有用です。

勿論、エアレーションを使用している場合には可能であれば強めに設定し、水位を下げることで事前に溶存酸素量を多く確保することができます。

とはいっても、水に溶ける酸素の量には上限があり、どれほど頑張ってもこれ以上溶けない「飽和」という状態があります。これは、水温と水の表面積と水位、気圧で決定されるものであり、それ以上は純酸素を吹き込み続けても全て大気中に逃げてしまいます。

水の表面積を広くしていくこと(エアレーション等で激しく波立たせること)、水位を下げること、可能であれば水温を下げること、この3つが人為的にできる、飽和点を高くしていく現実的な努力となります。

見た目のクリーンさ(水の透明度)などは全く関係のないお話です。

 

今年も台風シーズン本番となり、これだけは避けたくても避けられないものとなります。

早めの対処を何卒宜しくお願い申し上げます。

 

文及び文責:水棲疾病基盤研究所