8/21の記事中の「スリャビャンスク 戦争のクロニクル」は、TV放映が決まったとのことで、
公開が中止になりました。
日本のBSで放映されることはおそらく無いとは思いますが、多くの方に視聴戴けるのは素晴らしいことです。(内容が強烈なので、その面からも自主規制になる可能性もありますが・・・)

ドンバスで捕虜(政府軍)を民衆の面前で行進させたことが、捕虜の虐待にあたる、ジュネーヴ条約違反だ!と大騒ぎされ・・・、私には何がそんなに問題だったのか理解できません。やってはならなかったこと、それは理解できます。しかし、それらは 
これら↓と等価に評価されるべきことでしょうか?
https://justice4poland.files.wordpress.com/2014/08/her-name-was-kristina.jpg
 Her name was Kristina.
 彼女の名前はクリスティーナ
 She was murdered along with her child and 11 other people.
 彼女は赤ん坊と共に11人の人々と一緒に殺害された
 On orders of the Nobel prize winner BARAK OBAMA and on behalf of the American people.
 ノーベル賞受賞者かつアメリカ国民の代表者バラク・オバマの手によって
 Today, July 27th 2014, in Gorlovka, Ukraine.
 今日、2014/7/27、ウクライナのゴルロフカで。

鮮明な画像はハリコフ市民の動画で1:01あたりに出ています。(動画は18歳未満閲覧禁止です
頭の割れた赤ん坊を抱えて息絶えた彼女の画像が初めて出たとき、
・これは人形だ
・モスクワで撮影された映画だ
・悪質なプロパガンダだ
西側のSNSではこのような中傷が溢れかえりました。
その後彼女のフェイスブックがみつかり、彼女の名前が判明し、殺された赤ちゃんがおなかの中に居る時から産まれた直後、彼女と赤ちゃんの幸福な日々の画像が出回り、作り物やプロパガンダを連呼していた連中はまるでそんなことなど無かったかのように沈黙してしまいました。幸薄い母子に謝罪した人も僅かですが存在しましたが・・・、言った言葉の酷さを理解した人の方が少なかったように感じました。文責を負うことが重要であると私が常々思うのは、この点です。
人形ならば、映画ならば、どれほど良かったことでしょう!
これはプロパガンダではなく、報道写真です!
ただ、彼女達が自分達の置かれた状況を把握する前に、速やかに息絶えたことだけを、絶望を感じる前に彼女達が信じる神様の元に旅立ったことを、それだけを願います。

ドネツク義勇軍は、絶対に自分たちは町中に宿泊をしていないこと、陣地を構築していないこと、武器弾薬を置いていないことを再三表明し、実際に町の外に居るにも関わらず、キエフ政府軍の砲撃は市街地へ執拗に継続され、彼女のような犠牲者が日々増えてゆくばかりです。
捕虜の行進・・・、遺族や犠牲者の友人知人が集まり、子供殺し!人殺し!と罵倒した・・・、飛び掛って暴行した訳でもなければ投げたものはゴミの類で殺傷力のある石が投げられたわけでもない・・・。泣きながら怒りながら罵倒しただけです。言葉だけで死んでしまうほど政府軍の捕虜はナイーブなのでしょうか?政府軍の行いはジュネーヴ条約で満ち溢れているのに、何故これだけがそれほど問題にされるのか?義勇軍だけに聖人君子であることを求めるのか?私には理解できませんし、する気にもなりません。
現時点で死者のペースは、1人義勇兵が死ぬ間に4人民間人が殺されています。この異常な状況に非難の声を上げないメディアが何を言っても、私は感じませんし、理解もしません!

文責をとらないということは報道の世界にはありふれています。
武器の供給はされていない!と誰がどれほど言っても、ロシアから潤沢にされている、武器が沢山入ってきている、と。先日援助物資が国際赤十字と入り、結果的にやはりされていなかったことが判明すると、この記事です。
http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/140825/waf14082507000001-n1.htm
北朝鮮にひっかけてドンバス義勇軍の装備が古い、記念展示品の戦車にまで給油して使ってる、限度がある、と。
そう、実際本当に彼らの兵器は古く、少し注意してビデオを見ると、誤作動を防ぐ為に絶えず銃のメンテナンスに勤しんでいるのが理解できます。消耗品のロケット弾も手作りです。(簡易な窯さえあれば案外簡単に作成できてしまうらしいのですが)大祖国戦争を戦った祖父・父・孫の三世代で一組になって戦車を操縦している、祖父の経験は孫に伝えられる・・・、という公式ツイートも見ました。
そんなものでもあれば足しになりますし、無いより遥かにマシなのです。
記事を見て誤解されてる、と感じたのが、彼らが古い兵器を自慢している、とな???
これは断定します。
絶対に違います。
彼らが笑顔で写真にうつるのは、こんな兵器しか手に入れられずに殺されてしまう自分たち自身が確かに生きていた記録として、です。更に直線的な言葉で言えば、遺影としてのセルフィーだから笑顔なのです。
兵器先進国のロシアが隣国で、自ら手にしている銃火器類が旧式のオンボロであることを、理解できない義勇兵が一人でも居るとでも思いますか?!
ドネツク義勇軍は、人道援助物資の受け取りは拒否し、ルガンスクに全て回して欲しいと宣言しました。(実際市長まで誘拐されて、ルガンスクの方が酷い状況でした)そして、物資は速やかにルガンスクに荷下しされました。それでも、国境からトラック隊が出たときに「次にルガンスクであまりが出たらちょっとは分けてくださいね」と。そんなツイートをする彼らに・・・、私は言葉がありません。
5月から兵器の供給は無いといい続けた人々を「プロパガンダ」と斬り捨てた新聞社が、文責も取らずに良くぞこのような記事を書けたものだと、呆れるばかりです。

逆にお伺いしたい!
報道写真を否定し、死者を人形や映画と辱め、事実を歪曲し、死に行く者たちを嘲笑する。
特に産経新聞は妄想記事すら垂れ流す。
一体どちらがプロパガンダなのか?!
プロパガンダと報道の差とは、その場に関係の無い出来事の個数で決まると言っても過言ではありません。
たとえばこちら↓
http://sankei.jp.msn.com/world/news/140825/erp14082513530003-n1.htm
「明らかな事実とくっつけることで同列に語る」テクニック?が使われています。大韓航空機の前は雫石の事故も引っ張り出されておりました。
ウクライナの話をしてください。
これは報道ですか???
このようなつたないテクニック?を使う記者に餌をくれてやれるだけ、未だ日本経済には力があるということでしょうか?

日本の記者は神の座に居るが如く振舞いますが、ドンバスでは戦場カメラマンが右派セクターの私軍や政府軍に相次いで誘拐され、命を落としています。今問題になっているアンドリュー・ステニン氏は、2日前に焼かれた車両の中から出てきた焼死体が彼ではないかと言われ、今現在DNA鑑定の結果待ちです。かなり最初の頃、イタリアのカメラマンが政府軍に射殺されたとき、彼を撃った兵士は「チェシャビリンスクのようなものだ」と言いました。殺そうとした訳じゃない、とか、偶然降ってきた災いとか、そういう意味だと思ったのですが、もし「あなた」や「あなたの友人知人及び同僚」「あなたの家族」が射殺されて「チェシャビリンスクのようなものだ」と言われたとき、「あなた」は納得できるのでしょうか?少なくとも私は納得しません。

関係の無い問題をひっつける-そう、プロパガンダ上等で言うならば、私はこの問題、「ウクライナ21」に隠れた萌芽があったのではないかと考えます。(※リンク先はウィキペディアです。動画はありませんのでご安心ください)不良少年ではない良家の子弟が徒党を組んで、社会的弱者を次々虐殺し、スナッフフィルムを撮影した・・・。動画が流出した2008年、世界は彼らの行いを理解できず、ただ震撼するだけでした。
しかし、今、私は思うのです。
彼らは純粋に民族教育を受けたナチズムの信奉者で、襲撃された犠牲者の方々はもしかしたらロシア系住民であったのでは?と。
世界は彼らを「狂っている」と結論付け、狂人として扱い、その背景の追及を深くしませんでした。それは当時私たちも同じでした。この時に、もっと深く「何故」と、世界が追求をしていたならば、ただの狂人ではなく国家としての教育が狂気をはらんでいたことに気がついていたならば!

この問題について興味の無い人や特に新聞しか読まない層は、いともたやすく新聞の書くことを信じてしまいます。「ウクライナ21」の時も、そうでした。前頭葉に異常のある良家の子弟が-「狂人の所業」と書きたてられ、大衆はそれきり謎解きをしたつもりになってしまっていたように感じます。
書き立てるばかりで文責を取らず反省もしない報道の責任はきわめて重大であり、本来であれば文責もとらず立ち位置が日々変わる人への「反論」は意味をなさないものなので時間の無駄であるのですが、沈黙は「肯定」ということもはらみますので、私たちは間違ったことは間違ったこととして反論を致した次第です。
起こった真実よりも誘導したい論調に向かう報道の方が重要な方々には何を言っても通じないのでしょうが。


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