2020年オリンピック開催地、東京に決定。
国際オリンピック委員会(IOC)が、アルゼンチン・ブエノスアイレスで開いた総会で、2020年夏季五輪..........≪続きを読む≫

墨田に居た頃、前回の招致活動の広告を良く目にしました。
当時、東京にオリンピックを!と呼びかける広報を見る度に、あまりにも途方も無い未来の漠然とした夢を語られているようで、キツネにつままれたような奇妙な気持ちになったのを思い出します。
それが何年前に見たものだったのか今が震災から2年と半年の自分たちにとっては正直どうでもいい勘定なのですが、今日この日に2020年のオリンピックが東京に決まったということを、素直に「良い事・素晴らしい事」として受け止めました。

震災後の出来事で「強い違和感とその後の理解」として忘れられないニュースがあります。
確か2011年の3月末あたりだったと思うのですが、ロシアのシンクタンクが
『この震災のせいで日本がいずれかの国と開戦する”極東の戦争リスク”が限りなく上昇した』と、当地のメディアに語りました。
そのニュースを読んだ時「この非常時に何を馬鹿言ってるんだ?」と、不快な知らせとして感じたことを強く覚えています。それから僅か1年足らずで、その感情は「ああ、さもありなん」となり、2年目の今、戦争が始まるとしたらどこの国と何を争ってすることになるのか、明確にイメージできるようになってしまいました。
古今東西、開戦理由には様々なものがありますが、殆どの原因には経済的な困窮と鬱積した国民不満があります。十数年置きにどこかを攻撃しなければ経済と雇用がもたない国も現実として存在しています。「戦争」は、最低最悪の公共事業と雇用創出手段として諸外国には認識されているように感じられます。
それらを考えてみれば、オリンピックは「戦争」に次ぐ規模の公共事業であり、雇用を作る手段です。これはやりたくてもやれるものではなく、タイミングと時期、長い招致活動が必要とされます。墨田で見た途方も無い未来の漠然とした夢が7年後に決まったのです。
全くもって「平和の祭典」以外の何物でもありません!
少なく見積もっても今年鳴いたセミの子が再び鳴く頃までは、正の側面の公共事業と雇用の創出が保証される、負の側面の公共事業と雇用創出は7年間は避けられるのではなかろうか?これだけでも「希望」のある素晴らしい出来事として捉えます。

更に喜ばしいことは、外国の目が日本に向くこと、つまり「ガイアツ」がかかることです。
日本人はナアナア文化を尊びますから、公に何かを問題にして追求をすると「うるさい奴、面倒くさい奴」と思われて、避けられてしまいます。これは恐ろしい感情で、それが問題だと内心思っている方たちでさえ、誰かが公の場で叫び出した途端に黙殺する側に入るのです。
つまり、簡単に言ってしまうと、日本が今直面している最大の問題、原発事故の問題や放射性物質の問題についてチェルノブイリを超えた人類史上初の規模の事故であるにも関わらず、日本人だけでは解決に向けた動きすら始められなかったのではなかろうか?と。
「ガイアツ」がかかれば、汚染水問題にも更に予算がつき、請求書より重いものを持てない東電がボルトのチェックなどという高等な作業!を開始したのです。(野田政権の民主党時代には、この事故について「終息」宣言が出ています。政権交代後は、確実に事故処理に向かい、当時のスタートラインにすら立っていなかった絶望的に無能な状況に比べれば成層圏とマントルほどにも差があり、過程はどうであれ、今現在では、日本人一人一人の放射性物質に対する意識も深まったのではないでしょうか?)
これから7年間は、特にオリンピックの選手の皆様は体が資本ですから、母国で様々な疑念や不安を口にし、それらが日本に伝わればすなわち「ガイアツ」として受け止められるのでしょう。外国メディアも、ガイガーを持って関東地方を歩き回ることになるでしょう。
その結果、私たちの身近でも放置された箇所がみつかれば「ガイアツ」によって改善が成される部分があるのかもしれず、この部分一つとっても大変期待が高まります。
日本人はとかく「ガイアツ」に弱いので、何を言われても動かないような省庁でも動かざるを得ない部分がきっと出てくることでしょう。

東京オリンピックについては、賛成・反対の賛否があるようですが、経済成長なくして復興はありえないのではないでしょうか?
私たちはかくなる上は、一も二も無くオリンピックを歓迎し、成功を祈ります!