日本金魚を日本金魚たらしめた由縁は、「形態の創作(異品種間交雑・突然変異の固定)」は無論であるが、重大な分水嶺は「調色」行為にあると考える。
それがいつから始まったのか、誰が確立した手法であるかははっきりとはわからないのだが、
慶長年間(1596~1615年)の史料に既にそれを行っていた痕跡が残されている。
天与の美しい姿に加えて体色を制御する技術が確立された時、日本金魚には明確に「精神文化」の背骨が通された。
文様は「吉祥」(魔除け・良縁・子宝・功績・商売繁盛・武運・無事)を示すものが喜ばれ、体型と体色は資金提供者(パトロン=大名家・寺や神社・豪商など)の精神性がそのまま宿された。
伝統品種の調色を行う代表的なものに、「なんきん・地金/六鱗」などがある。
(東海錦・三州錦等の近代交配され、美的主眼を「商業目的」として調色されるものは除外とする。なぜなら、それらに文化など無であり、その言葉じたいを使うことがおこがましいからである。)
この時点で、死者の供養と金運を司る中国金魚と、日本金魚は全くの別物になったのではなかろうかと私は推察する。
つづく。
それがいつから始まったのか、誰が確立した手法であるかははっきりとはわからないのだが、
慶長年間(1596~1615年)の史料に既にそれを行っていた痕跡が残されている。
天与の美しい姿に加えて体色を制御する技術が確立された時、日本金魚には明確に「精神文化」の背骨が通された。
文様は「吉祥」(魔除け・良縁・子宝・功績・商売繁盛・武運・無事)を示すものが喜ばれ、体型と体色は資金提供者(パトロン=大名家・寺や神社・豪商など)の精神性がそのまま宿された。
伝統品種の調色を行う代表的なものに、「なんきん・地金/六鱗」などがある。
(東海錦・三州錦等の近代交配され、美的主眼を「商業目的」として調色されるものは除外とする。なぜなら、それらに文化など無であり、その言葉じたいを使うことがおこがましいからである。)
この時点で、死者の供養と金運を司る中国金魚と、日本金魚は全くの別物になったのではなかろうかと私は推察する。
つづく。