さて、明の後期に簡易な飼育法を得た金魚も、明の時代の終わりとともに、一時衰退するこことなる。
明から清へ時代が変わったのだ。
時代の移り変わりの大変な時に、金魚飼育どころではなかったのかもしれない。
もしかすれば、漢民族ではない中央アジア出身の異民族王朝に、金魚文化は受け入れられなかったのかもしれない。
清国初期に於いても、金魚文化の衰退は続いていたとされている。

清は1661-1912年、約250年間続くこととなるのだが、金魚の飼育が再び盛んになるのは、清国後期であるという。漢民族の文化が異民族王朝に浸透した頃と考えれば、自然な成り行きだったのかもしれない。
1894年から1895年まで日清戦争が勃発している。
金魚の飼育が中国に於いて再び盛んになった時期と、この年間がクロスしてるのは「中国人にとっての金魚感」を語る上で重要なキーワードとなる。

清王朝は、日本では江戸時代初期から明治45年までの年間であった。

つづく