2021年録音。故ラルス・フォークトのピアノ、クリスティアン、ターニャのテツラフ兄妹の三重奏によるシューベルトの室内楽作品集です。70年生まれのラルス・フォークト。亡くなったのは2022年。まだ五十一歳でした。録音時はまだ癌の診断を受ける前でした。この時点で痛みに耐えてのセッションだったとか。別れは意識されていました。制作した演奏を聞いて、ラルス・フォークトからはテツラフ兄妹に感謝の言葉が残されています。そして、ブックレットにはテツラフ兄妹もセッションを振り返っての様子がフォークトの人柄を伝えます。ブラームスの解釈で知られたフォークト。室内楽にも熱心でした。ドイツのピアニストらしく、集中的に取り組む分野がありました。ロマンのシューベルトもその範疇にあります。当盤はシューベルトの二曲の三重奏に加え、ノットゥルノ。ロンドD.895、アルペジオーネ・ソナタといったデュオも収めています。フォークトも加わっていますが、演奏は端正で力感も損なわれていません。何しろ三重奏曲第二番だけでも45分を超える内容です。シューマンのいう天国的長さではありませんが、盛り込めるだけの内容を盛り込んだものです。天国的長さは、いつまでも終わってほしくないという意味も加わったものでしょう。アルペジオーネ・ソナタも充実した内容です。この演奏だけ突出したものではなく、フォークトという導き手に加え、ふがりの弦楽器奏者を通じて、多くのものを引き出しているものです。内容としては稀代のトリオによるシューベルト室内楽集です。
シューベルトは三十一歳という年齢で亡くなりました。冬の旅や、死と乙女四重奏曲といった鬱々した調べを醸す作品もあります。また叙情的な作品にも暗部を見出す人もいるでしょう。ボヘミアン的な気質のあったシューベルト。旋律的な魅力と叙情は多くを惹きつけます。三十一歳という年齢はまだまだ若く、暗澹たるまま生涯を終えたわけではないと信じています。三重奏曲第二番はフォークトも会心の出来でした。最後まで音楽の美しさに真摯に向き合っていた。そういった心境のうちにシューベルトの音楽もおさまっているのです。