エマーソン弦楽四重奏団によるモーツァルト「ハイドン・セット」の第一弾となった一枚。弦楽四重奏曲第十四番 K.387、第十五番 K.421を収めています。89年、91年の録音。「ハイドン・セット」は弦楽四重奏をセットとして発表するハイドンの例にならい六曲から成っています。ハイドンに献呈された由来から「ハイドン・セット」と総称されています。六曲まとめて聴かれることも多く、セットの始まりとして第十四番という傑作から耳にするわけです。第十七番が「狩」、第十九番が「不協和音」という愛称を持ちます。第十七番は単独で演奏される機会が多い作品ですし、第十九番は唯一序奏をもち、謎の和声法が論議を呼んだということで興味を引くものでしょう。不協和音は、序奏の不穏から一転、ハ長調という最も原初的な調性で明瞭に結ばれます。カオスから明瞭な構成感を持つ作品が曲集の末尾に置かれるのはモーツァルトの意図です。大きな影響力をもち、弦楽四重奏という分野を確立したのがハイドンです。古典の弦楽四重奏はハイドンとモーツァルトのうちに完成しました。ハイドン・セットはモーツァルトとしては熟慮され二年の時間が費やされました。構成、配置もまた熟慮されたものです。したがって、第十四番も、これまでモーツァルトが書いてきたこの分野の内容を超えています。先行するハイドンの「ロシア四重奏曲」も前作から十年の間隙を経ての発表でした。モーツァルトの第十四番も「春」の愛称で呼ばれることがあり、終楽章にはフーガで書かれており、四つの音型G-B-E-#C(Bは独式ではH)が「ジュピター」交響曲の手法の原型と言われています。モーツァルトの創意は、天才の直感だけではありません。ハイドンの跡に、自身の工夫を盛り込み、新しい世界を拓いたのでした。第十五番は曲集唯一の短調作品です。古典の時代は形式が追求されました。ハイドンも留意したのは響きのバランスや、楽章配置や、用いられる形式というところにありました。一転、ロマンの時代には情動は拡大し、そこに盛り込まれている情緒が問題になります。モーツァルトの短調作品はそういった中で評価されてきました。

 

すでに2023年に歴史を閉じてしまったエマーソン四重奏団。現代を代表するクァルテットはバルトークやショスタコーヴィチといった二十世紀作品を演奏し、アメリカのアイヴズ、バーバーといった作品をまとめあげます。もちろん、古典的なモーツァルト、ハイドン、ベートーヴェンは重要な配置になります。機能性を追求した現代の難曲ではなく、モーツァルトに聞こえるのは生気を含めて、モーツァルトの音楽を現代に再生することにあります。優美ささえもたたえています。

 

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