65年録音。ジョン・バルビローリの限られた歌劇録音の一つ、パーセルのディドとエネアスです。吉田秀和の『LP300選』は音楽史的な流れをたどってディスクを探る試みです。「昔のオペラは、どんなに名作といわれるものでも、全曲を通じてきくのは、ちょっと、むずかしいが、この曲は、その中でも、まず例外といってよいだろう」としています。フラグスタート、シュヴァルツコップ盤を擁したG.ジョーンズ盤について触れています。バロック歌劇はその昔、退屈なものと見なされていました。ワーグナーの歌劇の四時間に耐えるものがリュリやラモーといった作曲家の長大な作品に向き合えるとは限りません。王侯貴族、浮遊な市民の社交の場でもあり、衣装、舞台装置、総合的な芸術、娯楽として音楽があり、長時間を費やして享受していたのです。パーセルのディドの演奏時間は一時間というこじんまりとした作品であることも幸いしました。シェイクスピアという最高の演劇人を生み出した英国のディドは自国の作曲家には恵まれなかったイギリスのバロックを代表する作品なのです。バルビローリはマーラー演奏で知られています。ロンドンで生まれたイギリス人。父はイタリア人、母はフランス人でした。英国の血は含まれていません。チェロ奏者として出発し、特に弦楽器の表情豊かな扱いが印象的です。

 

ロマン以降の交響曲、先述のマーラーのような作品では当時、マーラー作品に馴染みがなかったベルリン・フィルハーモニーのメンバーを驚嘆させた逸話があります。バルビローリの歌劇録音は少ない。一番、有名な蝶々夫人の録音では、作品を知り尽くしているはずのローマ国立歌劇場のメンバーを驚嘆させました。バルビローリの父、祖父はヴァイオリンでオテロの初演に参加していました。歌劇への情熱は、ディドにも色濃く反映しています。ディドと略していますが、作品はカルタゴの女王ディドを中心に巡ります。ここではロス・アンヘレス。ロマン以降の音楽に適正の高かったバルビローリですが、チェンバロにはバロックの権威、レパードを迎え、与う限りの作品の再現にこだわった演奏です。現在、ディドの録音は時代楽器が席巻しています。今やフラグスタートの名盤の響きは遠いものとなりつつあります。バルビローリ盤は時代の流れのうちにも、パーセルの音楽の普遍的なものを抽出。書かれた音楽が天才的な筆致であることを感じさせるでしょう。イギリス的な高貴があります。昨今の演奏が失いつつあるものです。

 

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