ラヴェルの歌劇二作はどちらも小型の作品です。最初に書かれた「スペインの時」。ブルーノ・マデルナ指揮のBBC交響楽団。 コンセプシオン:シュザンヌ・ダンコ、ゴンサルヴェ:ジャン・ジロドー、トルケマダ:ミシェル・ハメル、ラミーロ:ジョン・キャメロン、ドン・イニーゴ・ゴメス:アンドレ・ヴェッシエール。60年の放送録音です。自身が作曲家でもあったマデルナ。イタリアが先進の音楽から遅れていることを実感し、ダルムシュタットへ移住。その地で没しました。ノーノを生み出したイタリアの先鋭です。たとえばベルクの「ヴォツェク」の映像。今もって写実的なリアリズム。オペラ映画という形をとりながら、抑えた色彩に、荒涼とした情景が連なります。話題をよんだアバドのウィーンでの上演などにも、演出、音楽構成ともに大きな影響を与えることになりました。マデルナにとっては新ヴィーン楽派の音楽に作曲家的な視点を生かすことができたのです。ラヴェルの作品は、そういった先鋭とは遠いものです。ラヴェルの置かれた時代は、19世紀的な歌劇とは一線を画すものでした。情緒の拡大する歌劇から、より完結に構成されています。同時代に活躍したストラヴィンスキーがラヴェルを「スイスの時計職人」と呼びました。精密な作曲技法を称したものです。「スペインの時」の扱うものも、まさに時計が話題になるのですが、「スペインの『時計』」ではなくタイトルは「スペイン風に流れるひととき」を意味します。コメディタッチのドタバタ劇。

マデルナの視点は、作曲家らしくリアルな視点をもったものでした。細密に描いていきます。同じような「楽譜をセンスで満たす」ことを信条に、細密をきわめたアンセルメ。この二つの演奏には、共通項もあるのですが、一種の妖気をまとっているのがマデルナ盤です。ストラヴィンスキーとも交流をもった20世紀音楽のスペシャリスト、アンセルメ。その「子供と魔法」の録音は有名です。アンセルメは、調性については重力と同じように、音楽的必然を感じていました。マデルナは調性の崩壊ののちの新しい音楽に向かって拓いたものです。ラヴェルにあっては調性を感じさせる枠にあるものの、連結には半音階的な旋法が用いられました。「スペインの時」より、ラヴェルはエキゾチシズムの使用にあたり、スペインを大きくとりあげるようになります。エキゾチシズムは、脱中欧的な志向から生まれたものです。時に人工的なラヴェルの音楽。その巧緻がマデルナの先鋭と狂気によって解かれていく。これもまた無視することのできない録音です。


 


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