ムター・モデルンと題されたアンネ=ゾフィー・ムターの弾いてきたストラヴィンスキー以降のヴァイオリン協奏曲をあつめた編集盤です。3枚組。1枚目はストラヴィンスキー、ルトスワフスキのパルティータ、チェーン2、2枚目はバルトーク、モレ「夢に」、ベルク、リーム「歌われし時」を収録しています。複数のアルバムをまとめたもので、ムターを支えるのもザッハー指揮フィルハーモニア管弦楽団、フィリップ・モル(ピアノ)、ルトスワフスキ指揮BBC交響楽団、小澤征爾指揮ボストン交響楽団、レヴァイン指揮シカゴ交響楽団と多彩。当盤には収められていませんが、ペンデレツキ、デュティユーもムターに作品を献呈し協奏曲ではムターを支えています。多くが老作曲家と若き美女という構図なのですが、その音色は健康的で骨太。現代音楽にありがちな病的で神経を逆なでするようなものではありません。バルトークを得意とする小澤征爾が支え、当盤ではルトスワフスキのものが目を引きます。88~92年の録音。10代にしてカラヤンに認められたムター。その録音はベートーヴェン、メンデルスゾーン、チャイコフスキー、ブラームスといった定番のものにはじまりました。録音の年次はカラヤンの手を離れ、プレヴィンとの結婚(のちに離婚)の間にあります。ドイツの出自は、ヴァイオリン音楽の今をとらえ、直接、現代の作曲家を刺激し、ムターの音色が前提となり作品が生まれるもの。ロマン派の協奏曲を特徴づける名技性はパガニーニの技巧的な曲などに代表されます。それは楽器の性能を熟知しヴァイオリニスト=作曲家が自身の技巧披露という場でもありました。名技的な協奏曲には疑問をもっていたのがブラームスです。その協奏曲の技巧的な面に助言を与えた盟友のヨアヒムがありました。ハンガリーのシゲティはブゾーニのサロンに出入りし、新しく起こりつつあった音楽に感銘を受けます。プロコフィエフ、バルトークとの交流は今日の解釈にも大きな影響を与えているものです。モデルンとされた当盤でのストラヴィンスキー、バルトーク、ベルク作品はもはや古典ですが、こうした音楽をとりあげるのは特別な志向です。ルトスワフスキのパルティータはムターに捧げられました。パルティータとあるように、想起されるのはバッハの無伴奏作品です。
ムターにとってモデルン(現代)とはヴァイオリン音楽が紡いできた歴史に連なるもの。決して、現代だけを抜き出したものではありません。老作曲家が夢中になるのも、作品を的確にとらえる技巧と、作品のよき伝道者であることにありました。作曲とは、これまで聞かれてこなかった新しい音を見出すことにあります。パルティータのように、古き形を借りることもありますがそれは単に組曲にすぎません。響きはまったくバッハ時代のものとは異なります。ヴァイオリンに限らず、こうした現代作品も歴史のうちに連なり、多くの新しいものが付与されているのでした。
 


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