ロジェストヴェンスキー指揮のモスクワ放送交響楽団「白鳥の湖」全曲録音です。69年録音。馴染んだものはボリショイ歌劇場管弦楽団のものですが、入手はモスクワ放送教協楽団のものの方が容易です。「魔術師」の異名をもつロジェストヴェンスキー。その早世の指揮者としての登場は10代後半であり、ボリショイ歌劇場でのバレエにはじまります。「白鳥の湖」録音では一つの系統であったアンセルメの録音が59年でした。アンセルメのものが、バレエというよりロシアの管弦楽曲を扱うという趣であり、ルーティンにあたる部分にカットを施したものでした。全体の統一感が生まれますが、バレエ実演の雰囲気とは異なる音響です。メロディア盤の果たした役割。ロジェストヴェンスキー盤もまた当時のソ連の権威であり、本場ものという印象を強く与えました。今日、スヴェトラーノフ指揮のソビエト国立交響楽団の88年録音、フェドセーエフ指揮のマリィンスキー歌劇場管弦楽団の94年、2004年にはゲルギエフの録音といったものはロシアのチャイコフスキー演奏の伝統という系譜にあたるものです。バレエのための音楽。それは人が身体を駆使して舞踏を行うものです。リズムの刻印で進行し、その躍動が動きの規範になります。情景でのオーボエの旋律に代表されるように、その美しさは音楽の顔に当たる部分ですが、リズムはどのような複雑な音響をも載せることのできる器です。チャイコフスキーはリズムの天才でもありました。爆演でも有名であったロジェストヴェンスキー。その強奏は、その名に恥じない瞬間をも発現させますが、全体はリズムの刻印も明晰で、推進力を生み出すものです。全曲というと雰囲気を醸成するだけの緩い演奏も存在しますが、弛緩させずに一気に聞きとおせるものでしょう。ロジェストヴェンスキーはロストロポーヴィチとは、異なる形の指揮者として存在しました。70年代の相次ぐ音楽家の亡命。国策もあり、ロジェストヴェンスキーはヴェールの内に留まり、レーベルの意向に沿った録音を残しました。チャイコフスキーの交響曲はもちろんプロコフィエフ、ショスタコーヴィチ、グラズノフといった交響曲も全集で残しています。こうした制作に対応する技術の確かさ。ブルックナーの異稿を含めた11曲19種の録音といったものも、その手腕が前提でなければ成しえないものでした。
白鳥の湖は作曲者36歳。アダンのジゼルなどに範をとったチャイコフスキー。フランス、ロマンティック・バレエは上演のたびに曲が入れ替わったり、曲が挿入されることがよくありました。バレエはフランスに馴染み、それをロシアに根付かせたのがプティパ。初演の失敗という例であげられることも多い白鳥の湖。実際、評価を得たのが作曲者の死後、2年後の再演でした。フランスの流儀同様、上演に際して効果を生み出す曲の配列が模索され、そのために「白鳥の湖」も多くの版が存在します。歌劇での成功を夢見たチャイコフスキーでしたが、そのリズムと旋律の才能をもっとも発揮できたのがバレエ分野です。今日、その典型ともみなされる「白鳥の湖」が当初、失敗作と見做されたという事実。実際、名曲として残るまでには、作品の真価を認められるだけの上演と、運も関与しているのかもしれません。

