イダ・ヘンデル

マルツィやヌヴーと同世代。生年には幾つか諸説があるものの、最長老の一人。録音が極端に少ないためキャリアの割に情報は少なく、復活は近年のことです。伝説、あるいはほとんど妖怪の域にまで達したヴァイオリニスト、イダ・ヘンデルの規範ともいえる70年代のウォルトンの協奏曲の録音です。組合せによってはシベリウス、あるいはイギリスのブリテンの協奏曲となり、ベルグルンド指揮のボーンマス交響楽団。ブリテン、シベリウスともに作品とは関連性があります。たとえば、構成ではシベリウスの協奏曲が念頭にありました。ハイフェッツの作曲委嘱、演奏によって作品が広まったという経緯。また、イギリスとシベリウス録音は縁があり、ベルグルンドの最初のシベリウス交響の全集はイギリスのボーンマス交響楽団との間に為されています。北欧のオーケストラの成熟を前にイギリスのオーケストラが支えた。そして、ほとんどのイギリス音楽がパーセル以来、長らく自国産の作曲家を生み出さなかったため、ウォルトンをはじめイギリスの音楽とは20世紀の音楽であったこと。北欧は辺境ですが、音楽の創作に関してはイギリスも辺境でした。同時にロンドンをはじめオーケストラの伝統と実力は層も厚いものがあります。そうした中、最初にシベリウスの音楽に親近を示し、ウォルトンをはじめ作曲家たちも、その成果を摂取したのでした。民族的なものを昇華することと、表現主義の時代でもあった20世紀にあって、遅れて来た作曲者の輩出は、表現主義的なものの反動でもあった新古典、そして、イギリス紳士らしく微温な保守性が垣間見える作品となりました。ハイフェッツ、メニューインによって広まり、ポーランドはイダ・ヘンデルもまた取り入れている。ウォルトンもまた音楽史上、長寿を保った一人であり、同時に、極端な寡作家でもありました。1938年の作品。35年のプロコフィエフの第2番、38年のバルトーク(1番はのちに発見され、通常は協奏曲といえば2番を差す)、新古典期の30年、ストラヴィンスキー作品。イギリスでは遠く10年のエルガー(こちらもハイフェッツ、メニューインといった演奏で知られる)といったところが周辺ですが、作品が置かれた時期は、そのままイギリス音楽の在り方でもあります。
 イタリア的なものの志向。決して、弦楽器の奏法に精通していなかったウォルトンですが、残された協奏作品であるヴァイオリン、ヴィオラ、チェロの3つの協奏曲は広く知られています。ヴィオラが協奏楽器として脚光を浴びるのもヒンデミットをはじめ20世紀のこと。そして、ウォルトン作品もヒンデミットによって初演されました。3曲ともに、要求されるものは高いのに対し、技巧を喧伝するタイプの曲種ではありません。舞曲的な源泉をもち、派手に効果をあげるよりはむしろ抑制されたところに真価を発揮する。1楽章の叙情も、明瞭に光を帯びたそれではなく、ヴェールを帯びたもので、明瞭にそうした輪郭を描かないのもイギリス的なものの体質です。ヴァイオリンもその中でよく歌います。イダ・ヘンデルの演奏は、そこにあって、すべて的確に収められ過不足無く作品の性格を表現する。抒情的な性格は、ベルグルンドの指揮も巧みで、ヴァイオリンも引き立てますが、すでに、ヴァイオリンの技巧がそうしたバランスの中に引き立たせられる書法となっているのです。
 
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Ida Haendel - Paavo Berglund Plays Britten and Walton Violin Concertos