$ラストテスタメント クラシック-デフォルメ演奏の探求-大公

アシュケナージ、パールマン、ハレル3人によるベートーヴェンのピアノ三重奏曲「大公」です。この曲には常設のトリオのものと、ソリストが集まっているものとがありますが、後者の型の演奏で、この曲に留まらず大曲のチャイコフスキーの三重奏曲や、また個々の組合せでも活動している機動力あるものとなっています。常設型以上に個々の奏者が見えるところ、主だった録音はそうしたところに興味の対象がいくのかもしれません。ベートーヴェンの室内楽としてのバランス、書法はこの創作において、近代的なトリオの原型を築いたといってもよく、それ以前のピアノにバランスが傾いたものから、個々の楽器もほぼ対等に渡り合えるようになりました。「大公」の名は緊密であったパトロン、ルドルフ大公のこと。献呈は、この作にとどまらず、フィデリオや、2曲のピアノ協奏曲、ミサ・ソレムニス、大フーガ、ハンマークラヴィーア、そこには重要な諸作の幾つが並びます。ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタや、アシュケナージ、ハレルとの間にはショスタコーヴィチのソナタなど評価の定まったものも多い。丁々発止のお仲間同士のやり取りは柔和で、その分、かつてのカザルス・トリオのもっていた滔々とした流れや太さには不足します。アシュケーナージがベートーヴェンのソナタ録音を開始した折、往年のバックハウスについて「too square」。このトリオでも、アシュケナージのピアノが中心に、パールマンのヴァイオリンが歌う。柔を前提としている以上、中期のベートーヴェンらしい力感とは別のところが追求されているわけです。録音史にはカザルス盤が厳然と聳えています。これも常設というよりは、個々人の集まり。すでに80年以上経過していまだ現役です。LP期の名演とされたものにはもうひとつ百万ドルトリオのものと二つが大きく核としてあり、オイストラフ、ケンプ、リヒテルなど、力感の置かれどころが違う名前のあがる幾つかがめぐっているという状態。そこにピリオド楽器のインマゼールらを中心としたものが一石を投じた。モダンの現代風の当盤は影が薄くなり、たとえばontomoのmookの名盤選では落ちてしまいました。しかし、8位まで挙がっているその選に選ばれている盤の顔ぶれに変わりがありません。常設の団体の中ではスーク・トリオが健闘しています。
 初演はベートーヴェン自身がピアノを弾きました。すでに聴力を失っていたため、往年の面影はなく、ひじょうに不器用にこなすだけ。これ以降、公の場でピアノを弾くことはなくなりました。そうした影はいわゆる典型的なベートーヴェン像を築く中期の作品の中にあっても、変遷のあとを留めています。一般に、創作の時期を3つに分けるやり方は、便宜上のものであり、そこにダーウィニズム的な進化を認めるという考え方もあります。その中核には交響曲が並び、弦楽四重奏曲、ピアノソナタなどでも、いわゆる典型的な3つの創作期を辿ることもできますが、晩年の瞑想、神秘といったものは、直後からはじまるロマン派の音楽とも違う。音楽史上のそうした出来事を「進化ではなく変化なのだ」とは、パウル・ベッカー。「大公」は典型的な中期のものということになっていますが、1811年。典型的なベートーヴェンとは強奏に向かう力学が見られることです。すべては強奏で最も強い効果を発揮する。それをソナタではっきりと彫り込む深く見抜いていたのがシュナーベル。こうした効果は、しばし演奏会でも強い効果を発揮することとなりました。それはアマチュアで対応できるものではなく、書かれた音で構築するという強さがあります。その反対が柔のベートーヴェン。公開のピアノの席から後退した時期に見つめたのは心の裡であり、典型的な中期作品であっても端境、とくに緩徐楽章にあたる3楽章の変奏曲では後期に踏み込んだ作風を示します。ピアノの追求、それは協奏曲の分野、5番であっても名技性の象徴であるカデンツァもコントロールされ、そして、やはり緩徐楽章の瞑想では後期の様式に踏み込んだのでした。時代の流れ、変遷ということは、演奏の受容にも大きく影響を及ぼしています。永遠の名盤とは、虚ろな言葉で、それに値するものは決して多くはないのですが、カザルス盤などはその数少ない例の一つ。淘汰されるもの、かつて、個々の新鮮さがとても印象に残ったアシュケナージをはじめとした当盤はカタログで見る以上、その憂き目をみていますが、改めて聴きかえせば、その新鮮さが心に残りました。先に述べたように演奏の意図は明らか。不機嫌そうなベートーヴェンの肖像がよくありますが、忘れがちなのは最初は快活な人間であり、社交の場でも活躍していたわけです。柔のうちにはユーモアや明るさ、そうしたものがあってもいい。もう少しハレルが引出されればと、スケールの不足はありますがアシュケナージ、パールマンは伸びやかです。

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以下は当盤の演奏はありません。

チャイコフスキーのピアノ三重奏曲 バランスはピアノ過多

フランクのソナタの練習風景 

クロイツェルソナタ~第2楽章