カラヤンと共演したソリストたちが、その後鳴かず飛ばずになることがあります。アンダ、ベルマン、フェラス、ワイセンベルク。カラヤンもうわさがたったのを気にしてか、ムターに「私とは距離をとるように」。もちろんカラヤンのおかげで檜舞台に出ることになったアーティストも数多くいるので、この批難は妥当なものではありません。カラヤンがピットにたつときオケがよく鳴り、ソリストの個性を殺すときがあり残念な噂がたったのでしょう。協奏曲の場合、共演者とは対等の関係なのですがこういった場合「カラヤンの」という冠詞がつくことになります。
 フェラスは一時期、「カラヤンの」ヴァイオリニストでした。今回、採り上げるシベリウスの協奏曲をはじめ、ブラームス、チャイコフスキー、ベートーヴェンなどの録音があります。フランコ・ベルギー派の流れを汲むヴァイオリン、フランス出身ということもあって初期のEMIのレコーディングでフランスものの室内楽で若干線の細い、独自の叙情味のあるセンシティヴな演奏家でした。この人にとって大柄の協奏曲は美音であるものの、どこか背伸びしている印象だったことは否めません。60年代のカラヤンのシベリウス録音は特別でした。なんでも録音していた印象のカラヤンですが、シベリウスにいたっては全集を完成させていません。EMIとグラモフォンに録音がありますが、カラヤンがシンパシィを感じていたのは後期の交響曲。グラモフォンに残された60年代の4番から7番にいたる交響曲録音には今もファンがいます。ベルリンフィルにとっても、カラヤンにとってもめずらしいレパートリーでした。このフェラスとの共演のヴァイオリン協奏曲もその延長線上に録音されたものです。塀録のタピオラとフィンランディアでもその演奏の傾向はわかります。
 60年代のカラヤン。上昇志向で、完璧と耽美に凝り固まっていたころ。そのシベリウスは後年のものに比べて抽象度がおそろしく高いのです。シベリウス演奏は北欧系と古いイギリス系のもの、またオーマンディらのインターナショナルなものとあります。カラヤンはインターナショナル系ですが独自路線。カラヤンは小澤征爾に「シベリウスを演奏するにはフィンランドの自然を知らなければならない」。しかし、自然描写は聞こえてきません。
 難しい曲です。ものすごく期待して聞いたハーンの演奏はシェンベルクは珍しいのでおもしろく聞きましたが、シベリウスは納得できず。初期の交響曲第2、3番をものにしたころに書かれて後期の抽象度が増した時期に加筆されたその音楽はどこか晦渋です。自身、ヴァイオリニストを目指していたシベリウスの書法は緻密。楽譜でながめている以上に音楽は濃密です。チャイコフスキーを演奏するようにはいきません。リズムをとるのが難しい上、演奏効果も地味です。私見ではこの曲の理想的名演はまだ生まれていません。ここで交響曲の演奏の延長としてフェラス盤を聞いてみましょう。冒頭の数小節でヴァイオリニストの力量がわかりますが、ここはこの時期のカラヤンの耽美と実に融合しています。まさにこれがあったからこそカラヤンが起用したのでしょう。民族的な魂の精化といったことは期待できません。しかし音響もリリシズムの極地。これがカラヤンの夢見た演奏です。その後のフェラス、75年ころから飲酒癖がたたって引退。82年に復帰しますが神経はすでにぼろぼろでした。幾つか演奏会を開くものの自殺してしまいます。49歳でした。


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クリスティアン・フェラス 指揮はメータ